はじめてのはっぴーばーすでー

2001年6月17日 日曜日
 遅い。
 ダイニングのテーブルに頬杖をつきながら、僕は時計を見上げた。
 喫っていた煙草を乱暴に揉み消し、僕は空になったマルボロの箱をぐしゃりと握りつぶしてゴミ箱に放った。狙いはわずかにそれて床に転がったが、僕はそれを無視して2個目の箱のフィルムを破り取った。
 火を点けたのとほぼ同時に、玄関のドアがカチャリと音を立てた。
 ごそ…ごそ…
 足音を忍ばせて、希美が入って来た。
「遅ーーーい!」
「わ、いたんだ!」
 希美はぎくりと肩を震わせて、部屋の入り口で立ち止まった。
「いたんだ、じゃない。今何時だと思ってるんだ。」
「だって、お兄ちゃんいつもいんたーねっとしてて、ののが帰って来ても気付かないじゃーん。」
「な・ん・じ・だ。」
 希美はちらりと時計を見てから、うつむいてもじもじしながら答えた。
「…じゅうじ。」
 僕は火を点けたばかりの煙草を灰皿にねじ込んだ。
「10時だぞ?子供はもう寝る時間だ。何やってたんだ。天王洲からここまで、30分かからないだろ。収録何時までだったんだ。」
「そ、そんないっぺんにたくさん聞かないでよ!だって、仕事のあとで、あいぼんとか、メンバーのみんながお祝いしてくれるってゆーから…。」
「だったら電話くらいしろ。全く。」
「だって家に帰ったってさー。お兄ちゃんきっと忘れてるし。」
「忘れてるって、何を?」
「ほらーーーー!!もう、しらないしらない。なんでもない。」
 僕はポケットから水色の包装紙に包まれた箱を取り出し、希美に突き出した。
「ほら。」
「え?えー?これ…。」
のの  途端に希美の顔がパッと輝いた。
「開けていい?ねぇ開けていい?」
「食いもんじゃないぞ。」
 目がキラキラしている。こういう時は何を言ってもあんまり伝わってない。希美は至極真剣な顔で、もどかしそうにテープを剥がして箱を開けた。
「イルカだ…。」
「まぁ、その辺で買った安物の指輪だけどな、一応バースデ…」
 僕が椅子に腰を下ろして説明しかけると、どん、と衝撃が来た。
「ありがとう!!!」
 希美が斜め後ろから首筋に抱き付いて来たのだ。
「おい、やめろって暑苦しい。」
「んー」
 希美は僕の頬に唇を寄せてきた。
「バ・バカ、やめろっての」
 僕は慌てて希美のおでこをおさえ、押し戻した。
「アイアンクローすんぞコラ」
「なんだよぅー。あー。ひょっとしてお兄ちゃん、テレたの?」
 口を尖らせてアヒルのような顔をしながら、希美が僕の顔をのぞきこんだ。
「ななな何言ってんだ。いいからさっさと寝ろよ。」
 僕は実際 相当照れて、耳まで真っ赤になりながら、希美の方を見ないようにして手で追い払う仕草をした。
「にひひひ…。」
 希美はしばらくその場で、イルカリングを全部の指にはめたり外したり、掌でひっくりかえしたり転がしたりしていたけど、僕が無視し続けて新聞を広げると指輪を元通り箱にしまった。
「学校にしていくと、センセーにとられちゃうから、おしごとん時につけるね!」
「そんな事してヘンな噂になっても知らんぞ。」
「じゃぁ、遊びにいく時につけるね!」
「そーかそーか。いいんじゃない?」
 僕は何だか照れてしまっていたので、真面目に応えなかった。しかしこれだけ適当にあしらうと、普段だったらスネたり泣いたりするんだが、今日はめげな い。相当ゴキゲンらしい。こんなに喜んでくれるなんて、プレゼントを買っておいて本当に良かった。僕は心底そう思った。が、思っただけで口には出さない。
 希美はカバンを床に適当に放り投げて、部屋から出て行った。…と思ったら、部屋の入り口で立ち止まり、「お兄ちゃん」と言った。
「んぁ?」
 僕は首だけで半分くらい振り向いた。
「…。なんでもないっ。てへへ。」
バタン、とドアの閉まる音がした。
「…変な奴。」

 5分位して、ケイタイにメールが届いた。希美にうるさく言われて、先週メールを使えるように機種変更したんだった。
メールの着信とほとんど同時に、ガチャっとドアが開いて希美がひょっこり顔をのぞかせた。
「とどいた?」
「え? ああ、後で見ておくよ」
「えー。いま見てよー。」
「わかった、わかった」
 適当に返事をしておいたが、希美はまだニコニコとこちらの様子を伺っている。
「いや、本当に見るから。」
 希美が部屋に戻った後で、いざケイタイを手に取ったが、機種変更したばかりなので操作がよくわからない。またドアが開いた。
「とどいた?」
「いや、まだ……。なんかあるなら今言えよ」
「だめー。メールじゃなきゃだめなの!」
直接言えばいいのに、まったく面倒な……。
「読んだらへんじ送ってね!」
やれやれ。

 メールの表示の仕方が解らなくて、難儀していると、またまた希美がやってきた。
「とどいた?」
「いや…ちょっと見方がよく解らなくて。」
 それを聞くと、とうとう希美の顔がさっと曇った。
「…もう知らないっ。」
 バタン、と、さっきより少し強くドアが閉まった。
 続いてバタン、と、やはりさっきより少し強く、隣りの希美の部屋のドアが閉まる音がした。
「??あ。」
 その時、メールが表示された。青い液晶には、こんな文字が表示されていた。

 <おにいちゃん、だいすっき!>

あぁぁっぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(悶死)

==========
 辻ちゃん。1日おくれだけど、14才のおたんじょうびおめでとう。
 すこしおねえさんになりましたね。 ボクらはみんな、ののちゃんが少しずつせいちょうしていくのを、やさしい気持ちでみまもっています。
 ほんとうを言うと、ののちゃんがおとなになっちゃうのは、うれしいようなさみしいようなフクザツなきぶんだけど、しかしながら貴女の成長を今後数年間に 渡り見守る事を許されると言う、この奇跡的な確率によって同時代に生を受けていなければ享受し得なかったであろう至福、僥倖を神に感謝するより他僕等に選 択の幅は無く、しかし神もしくは天使と云ったらののちゃんか加護ちゃんの事になってしまうので、結局僕はののちゃんに祈りを捧げようと思う。
 えっと、だから要するに、おたんじょうび、おめでとう!

くぼうちさん原宿さんヒロトシさん、ごめんなさい。


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うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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