オルタナティブ

2001年10月19日 金曜日

 「俺は、こんな所で何をしてるんだろう?」
 この感覚は久しぶりだった。まるで何者かに連れ去られて、目隠しを取ったらそこは廃工場だった時のような。これを『見知らぬ天井』感覚と呼ぶ。

 今日は、10月で初めて人と会う約束をしていた日だった。彼女と会うのは実に2年ぶりで、お互い会うのをとても楽しみにしていた。僕達が出会ったのは夏のイギリスだった。僕はイギリスの南部の大学に、英語の研修を受ける為に通っていて、彼女もその大学の違う棟に通っていた。今にして思えば、彼女がわざわざそんな所で何を習っていたのかよくわからない。

 僕は多少遅れて(しかし10分しか遅れなかった、というのは僕にしてみると快挙に近い)待ち合わせ場所の改札口についた。金髪に碧眼の人間は他にいなかったので、2年ぶりでもすぐに判った。彼女は外国人の常として、僕の目から見るといささか奇異な―それでも本人に似合っていると言えなくもない服を着ていた。

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 久しぶりに外の空気を吸うと、自分が今まで随分狭い世界に閉じこもっていた事に気付く。インターネットが世界に繋がっているというのは、ありゃ嘘だ。まやかしだ。繋がる事が原則的に自由であり、物理的に可能であるというだけの事で、本当は自分の周囲の小さな小さな人間関係の中で0/1信号をやり取りしているに過ぎない。

 僕達はある支那料理の店に入って夕食を取り、互いの近況報告に始まり、とりとめもなく色々な事を話した。
「あなたは普段、大学以外の時間には何をしているの?」と彼女が何気なく聴いた。
 これは非常に難しい質問だ。まだ、日銀の発表する経済短期観測についての見解を求められる方がましである。
「ええと、えぇっと…。本を読んだり、あー音楽を聴いたり…仕事を探したり、そんな具合さ。」と僕は言った。
 彼女は、アメリカで近所に住んでいたメキシコ人の家で花火が爆発した話を面白おかしく話し、僕らは笑った。
 彼女には日本人の恋人がいて、彼をたよって日本まで来たのだが、先月別れてしまったらしかった。
「そんな訳で、自分がここに何のためにいるのか判らないの。」と彼女は笑った。
 見知らぬ天井だな、と僕は思った。

 彼女がアルバイトをしているという英会話教室の近くにあるオープンバーに行った。しばらく飲んでいると、後から後から異人が来て、やがて店は異人と英語でいっぱいになった。僕の英語は酒を飲んで冗談を言って盛り上がったり、もしくはそれを正確に聞き取ったりするほど明確ではないので、僕はすぐに一人になってしまった。集団の中の一人は、集団を外れた一人よりも孤独なものである。世界は広い。しかし広すぎる世界は一層容赦の無い閉鎖をもたらす。天井には直径1mほどのくたびれたファンが永久機関のように回っていた。

 久しぶりに家に帰って来ると、PCの電源を入れた。テキ100質の#12該当行為である。久しぶりに電脳接続をすると、自分が今までいかに場違いなどうしようもない世界に存在していたかに気付く。インターネットが引き篭もりの趣味だなんていうのは、ありゃ嘘だ。誹謗中傷だ。僕らはここで、簡単に気の合う仲間を探し出す事が出来るし、何かを発信することも受信することも出来る。ネットの人間関係が脆弱だとはよく言うが、実際に顔を合わせたら強固な人間関係が出来上がるとも限らない。
 しかし、人間とはえてしてそういうものなのかもしれない。

 半年ぶりにかけた電話番号には無機的な解約アナウンスが応答し、新しい番号はわからない。彼あるいは彼女は、今どんな天井を見ているのだろう。


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