直接 顔見て 言えない

2001年10月29日 月曜日

 秋の訪れは、あまりにも早い。
 僕はいまだに地中海の夏を引きずったまま、学校にも行かず、さりとて就職活動やアルバイトをするでもなく、家にいた。
 外はもう冷たい風が吹き始める季節になっていたが、それすら知る由もなかった。

 僕はその日も、パジャマ姿のままPCの前に座って、日記を書いたり読んだり、MXとかいうソフトを起動して何かをガシガシ落としたりしていた。
「ただいまー。」
「うひゃひゃひゃ。」
「・・・ただいま!」
「ここの日記もおもしれーなー」
「かえったよー。」
「アクセス解析でも見るか…」
「た、だ、い、ま!」
「しかしメール来ねぇなぁ」
――ブツッ
「え…」
 突如として、PCがオチた。僕が状況を理解できず口を開けて呆然としていると、電源コンセントを持った妹が事も無げに言った。
「ただいま。」
「こ、こここコラー!おまえなー、ファミコンじゃないんだぞ!」
「いけなかった?」
「いけないも何も、今日の日記が・・」
にっき?
「いや、そのなんだ、むにゃむにゃ…。あれだ、『ぼうけんのしょ』みたいなのが消えるんだよ!」
「なんだ、ファミコンとおなじなんじゃん。」
 僕は言い返す気力も失って、コンセントをひったくると元通りさしこんだ。電源をつけると、起動するまでの時間をつぶす為に友達のくれたフランス煙草に火を点けた。
「たばこ、すいすぎじゃない?」
「いいだろ別に。」
 僕は煙を大きく吸って吐き出した。
「ねえ、もしかしてー、ひょっとすると、ののが朝でかけたときから、ずうぅっとやってるの?ぱそこん…。」
「あ?そんな訳ないだろ。お前が出かけたのが朝9時、で今は、えーと夕方5時だろ。まさかそんな。」
「だって、あさとおんなじカッコじゃんかー」
「朝10時ごろ寝て、さっき起きた。」
「・・・(ひどすぎるよ!)。」
 僕は妹の無言の非難をやりすごして、煙草を口に咥えてマウスの掃除を始めた。
「おにいちゃん、だいがくは?」
 妹は腰に手を当てて仁王立ちになり、眉をきゅっと寄せた。
「行ってない。もう4年だから、行かなくても卒業できるんだよ。」
「…しゅしょくかつどぉーは?」
「…飽きた。というかもう10月。今更無理だよ。」
「ばいととかもしないの?」
「うるさいなあ。お前に関係無いだろう。」
「ののはちゃんとおしごとして、おかしじぶんでかってるよ!」
「ぐ・・・」
「それでもいっぱいあまるから、おかあさんにわたしてるよ!」
「っぐぐ・・・」
「おにいちゃんなんて、ただのムショクじゃん。」
「・・・大きなお世話だよ。」
「今のおにいちゃん、ユウレイみたい。」
「うるせえよ!」
 バン!僕は思わずキーボードを叩いて立ち上がった。

「・・・・・・。」
 あ、やっちまった。じわ・・・と妹の顔が歪んだ。けれど、泣きだす前にくるりと背中を向けて部屋を出ていってしまった。
 これはいかん。この年になって妹と言い合いをして泣かせてしまうなんて…。
 僕が激しい自己嫌悪に襲われて、PCの電源を引き抜くと「今のは、どう見てもアンタが悪いよ」と声がした。
 頭を上げると、ここから20分くらい離れた所にアパートを借りて住んでいる、3人きょうだいの真ん中、文子がいた。
「なんだよ、帰って来てたのか。」
「ののの顔見に来たんだよ。それと、知り合いでのののサインくれってうるさいのがいてさぁ。だからまたよろしく。うっわ、このタバコまずぅー」
「勝手に喫うな」
「とにかくー、後でちゃんと謝んなさいよー」
 わかってるよ、と僕は苦々しくつぶやくと、色紙にサインを書き始めた。
 さっき叩きつけたキーボードの、3とNが効かなくなっていた。

 次の日、僕は駅まで出かけてコージーコーナーでケーキを、DAILY
CHICOで8段アイスを買って妹の帰りを待った。
 ガチャ。無言で入ってきた妹を出迎える。
「おかえり。ほら、アイス買ってあるぞ。あとケーキも。」
 妹は3秒くらいアイスを凝視してから、僕の顔を見ずにすっと無言で傍を通り抜けて、さっさと2階へあがってしまった。
 ののが、8段アイスを食べない!?そんな、馬鹿な。ありえない。
「ありゃりゃ。ありゃ深刻だね。」
ガクゼンとしている僕に、文子が声をかけた。
「まだいたのかよ。っておい、何食ってんだ。」
「食べないと溶けちゃうでしょ。」
 コイツは…。僕が口を開きかけると、
「そろそろ行くわ。アタシは兄貴と違って、バイトがあるしー。」
 返す言葉も無い。
「じゃぁ、サインありがとね。」
文子は靴を履いて出ていこうとしたが、ふと立ち止まって振り向いた。
「朝、兄貴がまだ寝てる間もね、あの子ずっと心配してたよ。別に兄貴がどうなってもいいけど、あの子が沈んでるとこっちまでブルーんなるからさ。」
 僕は文子が出ていくのを見送ってからしばらくぼんやりしていたが、すぐにまたPCに向かった。

 かくして僕は、7月以来一度も袖に手を通していなかったスーツを引っ張り出したのだった。
 就職サイトで探した会社の面接は朝の10時。僕にとっては早朝と言ってもいい時間だったが、家族はみな出かけてしまっていて、僕は無人の玄関で「行ってきます」と呟いて家を出た。

 秋の空はとても済んでいて、久しぶりの朝の空気は身が引き締まる思いがする。
 人気のまばらな道を駅まで歩き、切符を買おうとしたところで、スーツのポケットに何かが入っているのに気付いた。
 取り出してみると、それは小さなピンク色の紙片だった。はて、クリーニング屋のレシートかな?それとも写真屋の引換券だったかな…。
 そう思って広げてみると、そこには

「ののはおにいちゃんの応えんだん。ふぁいっ!!」

とヘタクソな字で書かれていた。
 僕は、心の震えを、指の震えを。隠す術も知らず、走り出した。空がさっきより青く、僕を包む空気はさっきよりクリアになった気がした。今なら空だって自由に飛べそうだ。
 きっと、全てがうまく行く。…その時はそんな気がしたんだ。

<続>
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 と言うわけで、なんとか頑張るので、僕に対して債権を持っている皆様、もうちょっとだけ待ってください。
 払います・・・払いますからっ・・・!
<ファイッ!
ちゃん、ちゃん。

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うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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