『時計仕掛けのオレンジ』感想

2002年5月10日 金曜日

マーシー!
つぅか、絶対AVだと思ったら違うのナ。

時計じかけのオレンジ [DVD]

時計じかけのオレンジ

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僕らが生まれてくるずっとずっと前に作られた映画なんですが、この「新しい感」はどうか。尖ったものはなかなか錆びないという事でしょうか。アンソニー・バージェスの近未来小説を映画化。21世紀になってもモノリスは発見されなかったけど、ホームレスは襲撃されるようになった。

不良少年のアレックスは、仲間を率いてやりたい放題。路上生活者を襲撃し、敵対勢力を叩き潰し、住居不法侵入、暴行、姦淫と超暴力の限りを尽くす。しかし力による支配は仲間の反感を呼び、裏切られたアレックスは逮捕され、投獄される。刑期を短縮する為に、囚人更生の新療法に志願する彼だったが、それは完全なる洗脳プログラムだった。
治療が「成功」して釈放された彼は、暴力の衝動を感じると身体に変調をきたすようになっていた。抵抗できない彼は過去に自分が痛め付けた全て(仲間、弱者、家族、社会…)に復讐される。
彼を政治的に利用しようとする人間達に翻弄されるアレックスだったが、最後には再び悪徳とアルトラの血が戻って来る。

今更言及するのも気が引けるので多くは語りませんが、暴力表現の是非だとか、犯罪者の人権だとか、社会構造の歪みだとか、少年犯罪の温床だとか、犯罪者更生の在り方だとか、色んな切り口や捉え方があるんだろうなと思います。また、見る人によって色んな捉え方が存在するからこそ、未だに色あせずに見られつづけているのかな。
深読みするとキリが無さそうなので、僕はここでは素直に、テンポが良くてスタイリッシュ。非常にキレのいい映画だという感想を述べておきます。超暴力のシーンも、エクストリームなんだけど陰惨な感じは受けない。映像の感覚が古臭く感じないのは、70年代初頭というオサレな時代に、「近未来」という設定でハイパーでアートな装飾を施したからでしょうか。いわゆるレトロフューチャーでもなく、「決して訪れる事の無い世界」ができあがった。

有名な「雨に唄えば」のシーンはアドリブだそうです。キューブリックは何回も何回も撮り直しを要求するので、だんだんと俳優も飽きてくる。そこで色んなアドリブが生まれるとか。その偶然が映画を代表する1シーンになるというのも象徴的。
僕が一番好きなシーンは、廃墟でビリー・ボーイとそのドルーグをトルチョックするところです。椅子とか窓サッシとかが豪快にブッ壊れて、人が吹っ飛んで楽しい。フライングボディプレスに来たところを椅子で迎撃したり、ドロップキックで突き破ったり。ギャグだよね、もう。
次に好きなシーンは、クーデターを試みたドルーグに制裁を加えるところ。川沿いの道で突然ビディーったアレックスが、ドルーグを川に叩き落して、仕込みステッキのナイフを抜いて切りつける。僕はこういう仕込み武器ってなんだか好きなんですが、今ふと検索してみたら、販売してるところがありました。→仕込杖カコイイ!
ところで、このシーンはエヴァ弐号機がプログレッシブナイフを抜くシーンを連想させます。元ネタ、というほどではないけど影響があったりするのかもしれません。第九とか、めまぐるしくカットが変わる予告編とか。

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あと忘れてはならないのは、その独特な専門用語。ナッドサット語と呼ばれるそれは、主人公達の話す造語スラング。これも魅力的な世界観とノリの構築に一役買っています。同じようにスラング全開で書かれた作品というとサリンジャーの『ライ麦畑』を思い出しますが、あれが当代若者の俗語だったのに対して、こちらは翻訳不能の造語なので奇妙なノリがある。この映画、吹き替えでやったらマレンキー面白そう。凄いバカっぽくなりそう。「誠に恐縮、アピ・ポリ・ロジー。」

見る人によっては、主人公の悪に気分を害するかも知れないが、僕はこの映画にデビルマンやアマギンと同種のアンチヒーロー像を見た。

A CLOCKWORK ORANGE
1971 英
製作・監督・脚本:スタンリー・キューブリック
出演:マルコム・マクダウェル パトリック・マギー ウォーレン・クラーク


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うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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