期待値の効用

2002年5月20日 月曜日

 久しぶりの休日、良く晴れていたので僕は犬の散歩に行く事にした。5月の陽気の中に連れ出してやると、マロンは嬉しそうに飛びはねていた。こうして昼間の住宅街を歩いてみる事自体、ちょっと久しぶりだ。咲き誇る花、ローラースケートで遊ぶ子供、車を洗うオッサン。のどかだなぁ。
 ふと、マロンが腰を落とした。オシッコだ。(マロンはメス。) 終わるのを待ってからまた歩き出すと、「オイ!ちょっと!」と洗車していたオッサンが怒鳴った。「ちゃんと拾ってってよ!」とツカツカ歩いて来たオッサンは、足元を見て「ん?」
 腰を落として何かするのが見えたから、フンをしたものと思いこんだのだろう。「いや、どうもすいませんね、どうも…。」とオッサンは決まり悪そうに僕にペコペコ頭を下げまくるので、僕も振りかえってペコペコしながら帰路を急いだ。気付かれる前にいなくならなくては。
 だって、よく考えてみれば向こうが謝る道理は全く無い。ウンコにしろオシッコにしろ、家の前で犬がそそうしたら謝るのは僕のほうだ。

 人はよく、勝手に期待をする。その期待が裏切られると失望に変わり、人は怒りや悲しみを感じる。
 例えば、「今日の夕飯はカレーよ」と言われて、ウキウキして帰って来てみればカレーは中止で、ただの焼き魚だった時。
 プラス方向の期待が裏切られると、ゼロどころかマイナスの反応が生じる、というわけだ。 

 これと逆の事例もある。つまり、マイナスの予測が裏切られると、プラスの反応が生じるのだ。その一例が、冒頭に上げたエピソードである。

 例えば、借金をする時の有名な方法。1万円必要だったとしても、「1万円貸してくれ」といきなり言ったら拒否されてしまう事を見越して、いきなり「10万貸してくれ!」と吹っかける。その後で「駄目なら1万でもいいんだ…」とかね。

 遅刻の報告をする時。「ごめん、遅れる!」と電話をかける時に、人は何故か実際の到着時間よりも少な目に申告する傾向がある。明らかに30分以上かかる事がわかっているのに「う~ん…あと…20分くらいかな…」と言ってしまったりする。
 なるべく怒られたくないという意識がそうさせるのだろう。だが、実はこれは全くのその場しのぎで、電話口で怒らせ実際会ってから怒られ、2度謝らなくてはいけない、逆効果の方法だ。
 むしろ実際の到着時間より多く言っておけばいいのだ。「あと40分くらいかかる」と言っておいて30分で着けば、ひょっとしたら「早いね」と喜ばれるかも知れない。もうちょっと吹っかけて「1時間かかる」と言っておいて30分で着いたら、むしろ感謝されてしまうかもしれない!
 しかし過ぎたるは何とやらで、「3時間」まで言っちゃうと、相手は帰ってしまいます。

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