更新休暇宣言

2002年11月27日 水曜日

「マンネリでもいいじゃないか。マンネリを貫けば個性が生まれる。」
 と言ったのは画家 原田泰治の父親です。これはこれで含蓄のある言葉だと思うし、また事実そうなのかもしれない。
 しかし、最初からそれを目指すとしたらそれは言い訳に過ぎない。「かき続けている」その事自体に特別な意味はない。
 少しでも新しい所を、誰も歩いていない道を、自分の苦手な分野を、あえて攻めて、それでも最後に一番良いと思って残した部分、研ぎすまして最終的に残った芯、淵。殺ぎ落とす苔。それが「ほんとう」なのではないだろうか。テキストもそうだ。書けば余分が見えてくる。そうして不必要な言い回しやくだくだしい説明、醜いエクスキューズを一つ一つひねり潰していく行為を、人は推敲と呼ぶ。
 しかしそれは、書いて、書いて、書けなくなって、それでも書いて、書けないままでも書いてみる。そういった積み重ねの上に到達する部分なのだろうと思う。
 そんな信念のもと、僕は雨の日も雪の日も、人が死んだ日も地中海の空の下でも、ただ書いて書いて書いてきた。
 その結果、僕は何を得ることが出来たのか。
 
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 ちなみにその画家は、
「僕は大都会がくだした評価に、けっこうげんなりしていた。そんな時だけに看板業一筋できた父ちゃんの一言はなぐさめ、力づけてくれた。要するに父ちゃんは、絵描きだったら「描こうと思っている」だけではなく、「描き続けている」そのことが大切なんだと、言いたかったのだと思う。」と続けている。
 
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 休暇を頂きます。あらかじめ断っておきますと、明日は更新しません。前まえから、更新記録がついえるとしたら、不慮の事故(死亡、入院、故障、逮捕、半島拉致、発狂、霊障、その他)で更新できなくなるよりも、自分でこの日と決めた時にあえて停止させよう、と思っていた。今日がその吉日。これ以上に相応しい日はないと言える。
「今日からほーむぺーじを持つことになりました。」で書き始めたのが丁度2年前。以来730日間僕は更新し続けた。それが意味のある行為であるかのように、そうすれば何かが見えると思っているかのように、僕は更新し続けた。しかし、それは結局意味をなさなかったし、何も見せてはくれなかった。ただわずかに、凡人でも偏執狂じみた継続的努力をもってすれば、テキストサイトで500ヒット以上を見込める、という単純な事実を閲覧者に証明して見せただけだった。
 もしくは、2年間毎日更新し続ける、というだけでも、凡人であってすでに常人ではなかったのかも知れない。

 書くことがあった日に更新するのではなく、更新しなければいけないから書く、という純粋なる本末転倒が、一週間に3日を超えた日から考えていた事。11月27日を目標にしてきた。今日がその日だ。2年間ありがとうございました。1日休暇を頂きまーす!

 あと、泥酔していた人間はロクな事を考えつかない、というのも証明出来たように思う。仕事を始めてから今日まで10ヵ月、欠かさず毎日、意識が混濁して倒れるまで飲んできた。仕事をする上で、自分が解らないものを売るわけにはいかない。働いた日は勿論、週に1回か2回の休みにも飲み続けた。バイトとは言え、月に20日も働けば、それなりの収入はあるものだ。僕は酒を買った。これも勉強と自分に言い聞かせ、あらゆる酒、ビールを、カクテルを、ウィスキーを(スコッチを、バーボンを)、ウォッカを、テキーラを、ジンを、ラムを、ピンガを、日本酒を、ブランデーを、ワインを、フォーティファイドワインを、カルバドスを、泡盛を、焼酎を、アブサンを、その他リキュールを、飲んできた。さすがに軽く酔った気がする。それと、少しばかりインターネットにも酔った。

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