True Blue

2002年11月23日 土曜日

 仕事に向かう道すがら、いつもの曲がり角で「ひゃん、ひゃん」と、かすれたすすり泣きのような音が聞こえた。
 最初はそれが一体何の音なのか解らなかったが、一瞬の後に僕は全て理解した。
 その角の家には、一匹のビーグル犬が住んでいた。彼は、その小さな身体に似合わぬ野太い声で、道行く人と言わず犬と言わずよく吼えていた。
 しかしとうとう飼い主が業を煮やしたのだろう、その犬は声帯摘出手術を受けさせられたのだ。
 僕は仕事が遅い時間なので、夜中の2時や3時にこの道を通って吼えられたりもしている。すると僕も無関係とは言えないのだろう。近所からも苦情が来たりしたのだろうか。
 吼えるのは犬の仕事だ。性分と言ってもいい。その声を取られてしまった彼は、それでも己の責務に忠実であろうとして、声にならない声を絞り出していたのだ。
 僕はそれ以上その声を聞いているとどうにかなってしまいそうな気がして、逃げるように足早に通り過ぎた。小雨が降っていた。雨の音に混じって、かすかにビーグルのかすれ声が聞こえた。

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