辻加護の卒業に対するスタンス

2004年1月4日 日曜日

 「もう終わりだ!」という悲観論にも、「よっしゃ!お前ら祝え!」という楽観論にも、いささかの無理を感じる。

 しかし、いきなりこんなことになれば、無理があって当然。誰もが混乱している。重要なのは、たとえ無理にでも自らのスタンスを認識し、表明することなのだろう。ここでの沈黙は、思想的敗北のみならず、信仰の危機でもある。

 心情的には一歩引いてしまうのは仕方のないところ。僕にとってのハロプロとはモーニング娘であり、モーニング娘とはミニモニであり、ミニモニとは辻希美その人だったからである。それが抜けるということは、モーニング娘という存在自体が揺らぐ出来事なのだ。

 本体からの独立が、いつもマイナスに働くわけではない。しかし、今までに卒業したメンバーのその後を考えると、楽観視は出来ない。引退でないとしても、在籍時はあれほどエースの名を欲しいままにした後藤でさえ、ソロでは迷走中だ。

 また、写真集の成功やバラエティでの活躍などで、ようやく一般層にも“モー娘の辻ちゃん”が単体で認識され始めた矢先に、そういった機会を失うかもしれないのはとても痛い。ここへ来てやはり加護ちゃんとのセット販売というのも痛し痒しといったところか。

 次に、本人達の意思がどうなのか、ということ。大本営発表を見ると、

本人たちも、「実力の評価による卒業だよ」という報告を受けたとき私も「テンションあがるやろうな〜」とは思っていましたが、私が思った以上に興奮していました。(つんく♂談

とある。本当かー? 僕はどうしてもこのコメントに疑惑の目を向けざるを得ない。「興奮していた」という表現も曖昧だ。

 ここで、有名な“卒業文集”を思い出して欲しい。小学校の卒業文集に、加護ちゃんは「歌手になりたい」と書いていた。 しかし。

 辻ちゃんの卒業文集には「モーニング娘になりたい」と書いてあったのだ。—–


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