求めよ、さすれば与えられん

2005年11月13日 日曜日

 剣術を始めたのはいつだったろうか。多分、「俺は今日から心身共に鍛えまくるぜ!」と決心してまもなくのことだから、2年前のはずだ。(ちゃんと日常日記を書いておけばよかった。)あれからくる日もくる日も素振りをして、やっと今日はじめての昇級審査を受けさせてもらえた。ちょっと修行の日々を振り返ってみたい。

 最初はずっと素振りだった。1年以上素振りだった。多少の素養とやる気とがあって半年も経てば、それなりに使えるようにはなる。「そろそろ対人の組み稽古をしたい」と思っていたが、口には出さなかった。師範に気に入られたかったからだったか。「生意気なやつめ」と思われたくなかったからかもしれない。

 しかしそのころ、のそりとした男が入ってきて、なんとなく「二人セットで初心者」というように隔離されてしまった。自分もまだまだ教わりたいのに、のそりの指導をさせられた。のそりは「練習なんかしたくない」とか「今の時代に剣なんか実戦で役に立たない」とか「戦いに武器を使うのは卑怯」とか言ってて、本当になんでこいつはここに来ているんだろう、といつも疑問に思っていた。

 師範の口癖は「段を取るためだけの練習など無意味だ」「今の若い奴らは段だけとってさっさとやめてしまう。」「私の若い頃は、同じ技を5年くらい続けさせられた」などで、これらは確かに一理あるし、武道のある一面をよく現わしている言葉だと思う。こんなこと言われたら、「段取りたいんで技教えてください」とか言えない…。

 だが、こらえ性のない若者である僕は、もう限界を感じていた。1年半が経ったある日、「今日こそ型の稽古に移らせてもらおう。今日も1日素振りだけだったら辞めさせてもらおう」との決意を胸に道場に行った。そしたら、なぜかその日から何も言わず型の稽古をさせてくれて、なんだか世の中は上手く出来ているものだなぁ、と思った。

 そして今日、2年目にしてようやく最初の審査を受けることができた。そこには、師範の直系の弟子が、まだ半年くらいなのに同じ級を受けてて、おいおいそりゃないぜ、と思ったけどまぁいいや。—–

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コメント / トラックバック 4 件

  1. 宮本 Says:

    >>beep大佐
    いや、まぁ受かったからいいんですけどね。

  2. Beep大佐 Says:

    宮本カワイソス…

  3. pa Says:

    まあ、がんがれ

  4. 宮本 Says:

    押忍!

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