『仮面ライダー響鬼』は、“イケメンライダーがバトルする”系の、奥様に媚びた路線が続いた平成ライダーにおいて、異色の骨太ヒューマンドラマだった。
ヒーローには30代の中堅俳優を起用し、変身しない普通の中学生の視点からストーリーが展開していった。少年の成長と主人公との心の交流を描く展開は、僕の心を捉えた。
しかし、なんだか現場でトラブルがあったらしく、プロデューサーと脚本家が第30話を境にそっくり入れ替わってしまったのだった。
(脚本家日記:
たまには響鬼の話など 御報告 )
30話まで非常にいい感じで進んでいた『仮面ライダー響鬼』は、31話からを迷走を始める。
例えば新キャラの“キリヤ”に好感を持ったり感情移入をしたりできる視聴者がどれくらいいることだろう。わざといけ好かない性格設定をしてあるにしても、非道すぎる。「明日夢にライバルが出現したら締まるんじゃん?」くらいの安易な発想で付け足されたキャラクターにしか思えない。しかも演技力は最低ランク。
そこへ来て、あきらが鬼への道を断念してしまった。これは実に象徴的なエピソードに思える。あきらというキャラクター、イブキとの師弟関係は、前半の『仮面ライダー響鬼』をある意味で象徴するような性格を持っていた。新プロデューサーと脚本家は、そのあきらを排除し、自分達の創作したキャラクターを挿入することによって、前任者のカラーを払拭しようとしたのではなかろうか。
思えば、あきらも最初はツンツンして嫌なイメージのキャラクターだった。しかしそれも時間をかけて、やっと薄い笑顔を見せて主人公と打ち解けるようになり(綾波メソッド)、視聴者もあきらを受け入れることができるようになったのだ。可愛い女子中・高校生のあきらにしてからが時間をかけているのに、キリヤとかいう生意気な男がそう簡単に受け入れられるわけがない。男のツンデレなど、害悪以外の何者でもない。
それなのに、イブキに「あの二人を弟子にしてあげてください。二人のやる気は本物だと思います!」などと言わせる脚本。明日夢はともかく、キリヤに対して彼らからそんなセリフは出てくるものだろうか。
少年と主人公との触れ合いは、もっとじっくり描いていって欲しかった。最終回でようやく弟子入りするくらいの展開でも良かったのではないか。