エアギター日記 ファイナル(前編)

2006年12月26日 火曜日

プロローグ

 2006年8月9日午後8時45分。その瞬間、僕はこの手で確かにエアギブソン・レスポールの重みを感じた。ありがとうランディ、ありがとうダレル。これで僕は普通のニンジャに戻ろう。

 話は約2週間前にさかのぼる。普段あまりチェックしないメールアドレスに、エアギター決勝大会への出場依頼が届いているのを見つけた。かつての予選大会の上位入賞者に対し、決勝大会への出場を求めるそのメールは、5月から何通も届いていた。(すみません)それはあたかも、キン肉スグルによるタッグマッチの誘いのような、切実なメッセージだった。

 そう言えば僕はエアギタリストだった! 思わず走馬灯のように、昨年までのエアギター活動が頭をよぎった。僕は何でも自分で体験してみないと気がすまない性質ではあるが、それなりに体験するとそれで満足して追及しなくなってしまうフシがある。エアギターも、昨年の大会で予選三位になった頃をピークとして、いつしか練習もしなくなり、自慢のエアギターは部屋の片隅でホコリをかぶるばかりとなっていた。

 今でもやれるのか? 僕は…。ためらいはあったが、押入れから、フィンランドのエアギター大会オフィシャルTシャツと会長からの感謝状(日本でのキミのエアギター活動に感謝する)を引っ張り出して眺めていると、世界への憧れと、まだ見ぬ強豪との戦いに、ふつふつと闘志が湧き上がってくるのを感じた。

「やってみるか。もう一度……!」

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 決勝大会まで、あと1週間だった。

 それからと言うもの、僕は再びエアギターの鬼と化した。最初はパワーリストをつけてのストロークから徐々に重くしていき、右手は6kgのダンベルを使ってピッキングができる様になるまで鍛えぬき、左手はスチール缶を3秒で握りつぶせるまで握りこみを続けた。会社の行き帰りの電車の中でも、常にエアギタリングを続けた。時と場所を選ばないのが、この楽器のいいところだ。会議中でも寝ているときも、僕の右手はエアピッキングを刻み続けた。(もちろんエア彼女とのベッドの中でも、だ。)

選曲

 練習と同じくらい大事なのが、当日の選曲と演出だ。日本の審査員と、オーディエンス、そして海外の審査員にもアピールできる選曲を目指して、眠れぬ夜が続いた。
『仮面ライダー響鬼』の初代OPインスト曲の、轟鬼ギターバージョンでオリエンタルに渋く決める、VFカゲの曲を流しながらエアー殺陣を盛り込んでいく、KAT-TUNでエアーラップ……。などと色々とパフォーマティブな選曲を考えたが、最後に行きついたのは、やはりこの曲だった。

 オジー・オズボーンの『ミラクルマン』。

 思い起こせば、僕のエアギターキャリアはこの曲とともに始まり、大事な局面ではいつもこの曲に助けられた。この曲を弾いているとき、僕はいつも奇跡の男になれた。大道芸的パフォーマンス色の強いこの大会、このあまりに正統派のハードロック的な選曲は弱いかもしれない。だが、それでもいい。エアギターキャリアの締めくくりとして、これ以上に相応しい曲は思いつかなかった。自己満足の世界だが、それでいい。エアギターというのは、基本的に自己陶酔と自己満足の世界である。逆に言うと、どれだけ自己陶酔に浸れるかが演技自体に影響する、芸術系競技種目なのだ。

 曲が決まったところで早速運営事務所に問い合わせ、曲の時間制限を聞いてみた。エアギターの世界統一ルールでは、大会のスムーズな運営と公平な試合を期するために、一人の持ち時間が1分以内と決められている。選曲と同様、この1分以内で盛り上がれるようにする編集も勝負の明暗を分ける。
「曲が決まったんですけど、持ち時間何分ですか。」
「え? はぁ……まあご自由にというか。」
 どうも要領を得ない答えが返ってきた。この人、ちゃんとルール知ってるのか?
「自由にって…。他の出場者はどうしてるんですか」
「皆さんかなり自由に色々つないでらっしゃるんで、はい。」
 全く意味が分からないまま電話は終わった。とりあえず僕は曲を1分半にカッチリと編集して持っていくことにした。

宿命の対決

 また、今大会にはもう一つ、僕が出なくてはならない理由があった。亀田vsランダエタ以上の宿命の対決、因縁の相手が出場しているのだ。第一次予選大会で僕の前に敗れ去ったきんたま選手だ。大会の公式サイトを見ると、当時無名だった彼は、その後研鑽を積み、毎回予選大会に出場し続け、ついに第三次予選で優勝の栄冠を手にしている。

 また、第一次大会では僕は彼の出場時間に間に合わず、最後に行なわれた宴会芸的な箸にも棒にもかからない粗末なパフォーマンスしか見ていなかった。しかし、彼も実は競技志向、正統派プレイのエアギタリストというではないか。面白い。第三次大会優勝の腕前とやらを見せてもらおう。どちらが競技系エアギタリストの頂点か、正々堂々決着をつけてやる。

 闘志は充分だった。

選手入場!

 いよいよ大会当日がやってきた。会場のロフトプラスワンは、平日の夜にもかかわらず、相当の熱気だった。僕が完全にエアギターから遠ざかっていたこの1年の間に、ブームが育っていたというのは本当だったのだろう。着実に1年前とは違う熱い空気が漂っていた。

「全選手入場ッ!!」

バーリ・トゥード(なんでもあり)ならこいつが怖い!!
生粋のアニメ&アイドルオタ介護師 ダイアモンドパワーだ!!!

競技系エアギターはすでに私が完成している!!
九十九式、宮本“ザ・ニンジャ”勇次郎だァ――――!!!

アニメの世界から炎のマッスルマンが登場だ!! キン肉マンの物マネ芸人 しんちゃんず!!!

身内の前でならオレはいつでもギターヒーローだ!!
バーテンダー、スパイダー斉藤 白塗りメイクで登場だ!!!

成り上がりたいからここまできたッ キャリア一切不明!!!!
長渕のモノマネ芸人 春田和幸だ!!!

正統派エアギターはこの男が完成させた!!
本大会の良心!! きんたまだ!!!

エアー対策は完璧だ!! エントリーNo.7 進藤涼一!!!!

全米プロゴルフ選手権は3回制覇だがエアギター優勝もオレのものだ!!
本職モノマネ&エアギター芸人 ふじきみつぐだ!!!

自分を試しにロフトプラスワンへきたッ!!
アマチュア自虐女芸人(?) 岡千晴!!!

超二流芸人の超B級のパフォーマンスだ!! 生で拝んでオドロキやがれッ
性別不明のキワモノ芸人!! ゴー☆ジャス!!!

(リザーブ選手)
仕事はどーしたッ ニートの炎 しももとあきらだ!!!

オレはエアギター最強ではない脱ぎ芸で最強なのだ!!
御存知変態素人芸人 おがりゅう!!!

 競技場の控え室に入ってから気付いた。こいつら、ほとんどが芸人じゃん…。
 控え室での会話は、どこそこのお笑いライブに出てどーした、事務所のギャラがどうこう、と言った話題が主だった。「桜塚やっくん」という人名を僕が初めて知ったのもこの場だった(遅い)。

火花

 そんな中、一人の人のよさそうな30絡みの男がいた。男はなぜか妻を連れてきていたが、一心不乱にアイポッドで曲を聴き続けていた。歌詞カードを見ながら、リズムを取りつつ口で小さくシャドウイングをしている。これはただものではない。
僕もアイポッドを取り出し、談笑する他選手達を尻目に練習を始めた。今回の構成は、途中にアクロバットを挟んでいるので、タイミングの取り方が難しい。

 そのまま無言で練習していると、他の出演者達との会話によって、その男こそがきんたまであったことが判明した。こいつが…!
「宮本さん、リハどうぞ」
 きんたまの眉がぴくりと動いた。向こうも気付いたようだ。しかし、お互い目は合わせない。向こうも分かっている。これはもはや遊びではなかった。全日本代表の座を賭け、いや、競技者としてのプライドと、己の全存在を賭けた、男の戦いなのだ。負けられない。

全国エアバンドバトル
YouTube – Ozzy Osbourne- Miracle Man (LIVE 1989)


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