変な日本語(1) 「危ないですから」
電車に乗っていると、ホームでこんなアナウンスがよく流れてくる。
「3番線に電車がまいります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください」
僕はこれを聞くたびに、強烈な違和感を覚える。電車には毎日乗るので、この襲い来る違和感と戦うだけで会社に着く頃にはヘトヘトになってしまう。
形容詞の誤用判定法
言うまでもなく、「危ない」という形容詞に直接「です」を付けるのは誤用だ。
これが誤用かどうかは、「です」ではなく「だ」という、丁寧語ではない言い切りにしてみればすぐに分かる。
× 危ないです → 危ないだ
○ 雨です → 雨だ
「だ」にしてみたら田舎っぺ大将になってしまったら誤用。この「田舎っぺ判定法」はテストでも使えるので覚えておいて欲しい。
ではどう言い換えればいいのか。
「危険ですから」
「危のうございますから」
が正解。
テレビで毎日のように使われている「おいしいですねー」も「おいしいだ」になってしまうのでマチガイ。
正しくは「おいしゅうございますね」「おいしいお魚ですね」である。
日常会話で変な言葉を使ってしまうのはある程度しょうがないが、こういった公共の場で、テープに吹き込んであるアナウンスが間違っているというのは罪が深い。山手線でこれを聞く毎日何万人の人の大半は、おそらく感覚が麻痺してこれに違和感を覚えなくなっているのではないだろうか。
ちなみに、この「形容詞+です」は、昭和27年(1952年)の国語審議会「許容する」としたときから広く使われているはずなので、違和感を覚える方が少数派なのかもしれない。本当に戦後の日本語破壊がいかに大きな禍根を残したかが伺える。
昭和27年の国語審議会で「形容詞+です」表現を「許容する」としたときから、日本語の「形容詞(う音便)+ございます」の丁寧語が、仰々しいものに変わってしまった、ということです。
昭和27年といえば、その年に小学生になった人が既に60歳になろうとしています。
もう、日本の中で「おいしゅうございます」という本来の日本語の表現である丁寧語を使う(が使える)人は少ないのでしょう。
おいしゅうございます – 質問・相談ならMSN相談箱
余談
「正しい日本語」「間違った言葉」と言うと、反発を受けることが多い。
こんな感じに。
「正しい、間違い、なんて誰が決めるのか」
「言葉なんてツールなんだから、意味が伝わればいいじゃないか」
「言葉は時代と共に変化していくもの。平安時代と今とは違うだろう」
そんなことは百も承知だが、その時代、時代で「正しさ」の尺度、規範となる日本語はちゃんと存在する。それが「伝統」というものの重みであり、保守を自認するものならば当然の…ってなんか別のブログみたいな流れになってきたぞ。
だからといって今ある言葉、「正しい」言葉をないがしろにしたり、先人達の文化的蓄積を恣意的にゆがめたり破壊したりする権利は、誰にもないと思うのだ。少なくとも僕は自分の美意識としては、極力誤用を排し、美しい日本語を使っていきたい。それは公開ブログを更新する者にとっての礼儀でもあると思う。
なんの唐突もなく日本語を破壊する人々 | 朱雀式
まぁとにかく、そうした変化の浮力とせめぎあってこんにちまで残った言葉に愛着を持って使う姿勢は、ブログ書きにも必要なんじゃないかと思うのだ。
ただ、そうなると本当は正字・正仮名遣いで書いた方が望ましいよなぁ…ということになるんだけど、これはまた別の話ということで。
続・「危ないですから」 | 九十九式
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カテゴリ:雑記 |




2009年10月15日 at 07:51
「キケンですから黄色い線の内側まで」
「危ないですから(以下略)」
↑アナウンスって会社によって異なります。
「おいしいですねー」
「おいしいですよねー」
↑「おいしいですねー」の感覚はこんな感じだと思います。
もっというとこんな感じのやりとり↓
「おいしゅうございます」
「おいしゅうございます!」
「おいしゅうございます!!」
↑「ですます語」のスラング化ってことでお許し下さいまし。
2009年10月22日 at 10:28
関西では「危険ですから」らしいですね。
「おいしいですねー」
口語では別にいい(というかしょうがない)と思うんですが、アナウンスとしてはどうかと思うんです。
2009年10月23日 at 10:21
「形容詞 + です」という日本語の用法について
「危ないです」 のように、「形容詞 + です」 という表現は、文法的に間違った用法ではない。上記リンク先の主張の根拠として、以下の MSN 相談箱の回答欄が引用されているが、これ…
2009年10月29日 at 01:21
形容詞+「です」って違和感ありますか
おばんです。
ちょっと前の記事になるが、こんな記事があった。
蟹亭奇譚 2009-10-22 [ことば]「形容詞 + です」という日本語の用法について
ここでは、 九十九式 (復活してたんだ ……
2009年11月5日 at 04:20
恐らくですが、小さい子供とかにもわかりやすいように「危険」を「危ない」とあえてしているのかと。
また、「危ないので」よりも「危ないですから」のほうが語呂がいいので、あえてその言い回しを選択したのかと。
首都圏だと通学に電車を使う小学生とかもいるので、「白線の内側」という言葉はわからないにしても、「あぶない」という言葉は普段から親とか先生から言われていると想定されるので、小さい子供でも反応してくれることを想定しているのじゃないでしょうか。
2009年11月12日 at 19:13
そうかもしれませんね。危険より危ない、を選択するのはわかります。
でも、語呂の良さのほうを、文法的なあいまいさよりも優先してしまうのはどうかなーと思うのです。
2009年12月29日 at 14:42
「危ないところですから」や「危ないものですから」のように、
「ところ」、「もの」、「こと」、「の」という言葉を挿入することで、
言い回しの幅は広がります。
2009年12月29日 at 16:23
形容詞に直に「です」がつくから不自然になるのであって、間にそういう語句が入れば自然ですよね。
2010年2月5日 at 11:32
このブログと同じ内容のタイトルと疑問を持つコラムが、2010年2月4日の東京新聞夕刊に掲載された。「放射線」というコラムで、寄稿者は芥川賞作家の多和田葉子女史である。日付けからすると本ブログの方が先なので芥川賞作家がパクッたか。
しかし問題はそのことではない。御両者とも「ですから」を「です」+「から」と解釈されているようなのだ。
「ですから」は接続詞「だから」の丁寧形で、「なので」と同様な使われ方をする。形容詞に「です」や「から」を付け足したものではない。口語にすると「危ないですから」は「危ない。ですから・・・」と記すのが本来なのだ。
最近有名になった「八ッ場」は「やんば」と読む。遠い昔から「土産」と書いて「みやげ」と発音する。土と産に「み」や「やげ」、あるいは「みや」や「げ」という発音が存在しないことは周知の事実だ。
このように言葉(口語)と文字(文章)の間に食い違いがあることは日本語の成り立ちに起因している。ブログのタイトル通り、変な日本語は、言語の後から文字(漢字やカナ)を当てはめたことに由来している。文字面と言葉(口語)の間に違和感があって当然である。