『シグルイ』13巻の感想

2009年10月29日 木曜日

正気にては大業ならず
武士道とはシグルイなり

シグルイである。最新刊13巻もただごとではない。


捕獲された屈木雁ノ助、
狒々を両断する清玄、
千香の奥入り、
「舌切り槍」笹原修三郎 対 藤木。

個の13巻に出てくる人間の中で、誰一人として正気を保っている者がいない。
例えば「剣の腕で仕官して家族を養い…」というような真っ当な人では、この世界では生きられないのだ。
正気に見えた笹原修三郎も、徳川家の血と封建的ピラミッドの重さの前ではいともたやすくその心を失う。一体正気とは、はたまた狂気とは何なのだろうか。

思えばここに出てくる「正気を失った」人々は、みなただ一つのことに執着している。その執念以外には全く興味を持っていない。
藤木を討ち果たすことのみを考えている伊良子、藤木に伊良子を討たしめることのみを考えている三重、千香への妄執以外の思考を失った雁ノ助。
藤木の念頭にあるのは、なんだろう。亡き虎眼への忠義か…?何かが違う。未だ分からない。
そして、徳川の血と将軍職を継いだ家光への憎悪に突き動かされる忠長。

この巻は、藤木と伊良子の最終対決を前にして、その流れとは直接関係ない周辺のエピソードに頁が割かれている。(ドラクエで言えば本筋のシナリオをそれてクエストをやっているようなものか)
これをもって「冗長」「引き延ばし」とするような批判もあるようだが、それは的外れも甚だしい。この作品にて描かれているのは、武士道という信念、信念という名の狂気である。
そしてその狂気の淵源が全て徳川忠長という一人の人間に存することに気付いてみると、この巻のエピソードも全て忠長にまつわるそれなのである。

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(たとえ「引き延ばし」だとしても、こうしてクライマックスに向けてじわじわと盛り上げてくれるのは、クライマックスが終わってからもだらだらと続くのよりはずっといいと思う。誰かラオウ死後の『北斗の拳』を覚えているか?)


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