英会話でも英文法でもない、何か妙な言語

2011年5月24日 火曜日

先日、こんな記事を書いた。

ルオボットはあくまでもルオボットであって、robotではない。
こうして読みをカタカナでやろうとする限り、なんとか“通じる“発音にはなっても、「正しい発音」には一生かかってもならない。 通じれば、カタカナ英語でもいいじゃない | 九十九式

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後から思い出したんだけど、中学生のころ、もっとひどい塾講師に出会ったことがある。

その講師は、動詞の現在系、過去形、過去過去動詞形のページを開きながら、こう説明した。

run-ran-run

「走る」は、ラン・リャン・ラン
本当は過去形は違う読み方なんだけど、難しくて発音できないのでリャンでいいから

13歳の僕は、思わず耳を疑った。
これが、英語を習い立ての中学一年生に教える授業か? きっとこの中には、ここで初めてRUNの過去形の話を聞く中一もいるはずだ。そういうやつらは、これから先、ずっとこのでたらめ発音に縛られることになってしまう。人の一生を、こんな形で左右することが許されるのか!?
最初からちゃんと教える努力を放棄している上に、多分このボンクラ講師は英語がまったくできないはずだ。

ボンクラ講師は、怒りにうち震える僕をよそに、こう続けた。
ラン・リャン・ラン、はい、続けて。

あろうことか、このオレオレ発音を、生徒に強要するという暴挙に出た。
もう限界だ、と思った僕は、席を立った。
「あれ、君、どうした」
「英語の授業かと思ったら、違ったみたいなんで帰ります。」
「は?英語だぞ、これ」
「英語にリャンなんて単語はありません」

っか~!嫌なくそガキですね、これ!
(本当はちょっと脚色があって、ここまで言い返してません)

学習塾の講師というのは、別に英語を専門的に教えているわけじゃないし、英会話の講師でもない。生徒に学校ないし受験での筆記英語でいい点を取らせるのが目的だから、仕事の内容としては間違ってないのかもしれない。

ただし、職業倫理的にはどうなんだろうか。
あれで、あとあとまでこのボンクラ英語の呪縛に捕らわれて、英語がまったくダメになってしまった子がいたとしたら、責任取れるのか?

僕は今でも、この講義をボイコットした自分の判断は正しかったと思っている。

近年の会話偏重、細かい文法よりも会話で使える英語を目指そう!という方向性も間違っていると思うけど、会話にしろ文法にしろ、あえて間違っているものを勉強して脳のリソースを無駄に消費する必要はない。

とりとめのない話になってしまったけど、世の中には英会話でも英文法でもない、まったく別の英語的な何かを子供に教えようとする現場もあったよ、というお話。


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