ブログは『サンシャイン牧場』、タンブラーは作物泥棒

2011年5月16日 月曜日

先日、タンブラーはブロガーの敵だ!と言わんばかりの勢いで書いた(『tumblrは善良なブロガーの敵である』)が、別にタンブラーというWebサービス自体を目の敵にしている訳ではないのだ。

ただ、日本国内において、あれが果たして引用か転載かといったら、転載だろう。それは間違いない。仕組み上、ブロッククオート(引用)タグがつくので剽窃にはなりませんが、延々と続く無断転載の連鎖にしかなっていない。
(これでも最近、引用元リンクが必ず付くように仕様変更されたらしい)

著作物の引用については、こんな判例と、文化庁の示したガイドラインがある。

要件

著作権法において正当な「引用」と認められるには、公正な慣行に従う必要がある。最高裁判所昭和55年3月28日判決[4]によれば、適切な引用とは「紹介、参照、論評その他の目的で著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録すること」とされる。

文化庁によれば、適切な「引用」と認められるためには、以下の要件が必要とされる。

* ア 既に公表されている著作物であること
* イ 「公正な慣行」に合致すること
* ウ 報道,批評,研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること
* エ 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
* オ カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
* カ 引用を行う「必然性」があること
* キ 「出所の明示」が必要(コピー以外はその慣行があるとき)

– 文化庁 (2010, §8. 著作物等の「例外的な無断利用」ができる場合 ⑧ ア、「引用」(第32条第1項))

このうち、出所の明示については著作権法の第48条に規定されており、後述する引用以外の合法な無断利用を含め、共通の必須事項である(これを怠ると剽窃とみなされる)。

引用 – Wikipedia

日本のタンブラーの引用

ブクマコメントでこんな指摘があった。

yappo てかたんぶらの中野人の想定外の使い方を日本人がしてるだけ

なるほど確かに、海外ではリブログというのはまさに引用として、つまりそこに自分の意見をつけて議論をつなげていく、そういった使い方がされているのかもしれない。

その点、先日の例で言うと、277リブログしているうち、引用に対して自分のコメントをつけているのはらわずかに3人。他はただただボタンを押して再転送しただけ。しかもその数少ないコメントも、一行感想。じゃあはてブやツイッタでいいのじゃないか。

タンブラーをオリジナルブログとして使っている『web-g.org』からはこんな言及をいただいた。
(タンブラーって、独自ドメインで普通のブログ運用もできるんですね。知らなかった。)

俺はtumblr内でオリジナルブログしてるけど、転載については全く気にならないなあ。と言うかtumblrでオリジナルブログやり始めて気がついたのは、自分の書いた文章がreblogを含めてどこまで遠くまで届くか、一番大切なのはとにかくいろんな人に読んでもらうこと、と思うようになった。その手段としてreblogがあるなら、それはそれで全然いいんじゃない?

そもそもウェブ上に出した文章を引用元の明示無しにコピーすんなよ、と言ってもその行為がシステム上可能ならするやつは絶対いる。確かにtumblrは無断引用をやりやすいシステムだけど、でもそれがこの世の現実なら、受け入れるしかないんじゃないかな。むしろそのシステムを利用して自分のブログをもっと世の中に拡散していくようなことを考えたほうが良いと思う。

tumblrのreblog機能を受け入れられないと言うのはMP3化とかを受け入れられないレコード会社と同じような感じがするのだけど。結局新しいテクノロジーやシステムができた時、それを受け入れられるかどうかと言うことだと思う。ネット上で拡散できるもの(デジタルコピーできるもの)はどんどん価値が下がっていくんだろうな。その中でどれだけ自分の作品(音楽にしろ、記事にしろ)への本物のファンを捕まえることができるか。それが重要だと思う。

もはや無断転載不可とか言っても守られない時代 : web-g.org

ブログは農場運営

これは、ブログ運用、日記書きにおいて、何に重点を置くか、何が楽しくてサイト運営をしているか、という価値観の問題なんだろうと思う。
『web-g.org』のようにタンブラー的なブログというのは、情報を発信すること自体が楽しくて、またその情報が行く先々で細胞分裂を繰り返すかのように増殖することに手応えを感じるのだろう。いわば風に乗って種(自分の情報のコピー)をばらまく、タンポポ型のブログと言える。

それに対して、僕のようなタイプは、農耕型のブログと言えるだろう。
自分のオリジナルサイトの中に、記事という種を蒔き、アクセス数という肥料を得てそれが育ち、はてブやニュースサイトからのリンクが付く様や、アクセス解析をみて、記事の成長とサイトの拡張に目を細める。

僕にとってサイト運営は、作物を育てるようなものなのだ。だから、どんどん転載、引用されていっても「自分の言葉が遠くまで届いた」という喜びよりも、「自分の畑の作物が持って行かれて、よその段ボールに入れられている」というような気分になってしまうのだった。

もっと作物育てようよ!

確かに、テキストコンテンツというのは、もっともコピーが容易だし、システムがそれを可能ならしめている以上、押しとどめることは出来ない。ただ、それを気分良く受け入れられるか、我慢して仕方なく受け入れるか、の違いなのだろうと思う。
それは気分良くいられればそれに越したことはないけど、果たして引用元不明の作品が「本物のファン」を獲得することは出来るのだろうか。(タンブラーは引用元表示が付くけど)
あれだけ有名になった文章なのに、先日僕が引用した際に「あの吉野家コピペに元ネタがあったんだ!」なんてコメントが付いてしまう現実を見ると、果たして「吉野家コピペ」の作者である新爆さんは、あの拡散をどんな気持ちで眺めていたのだろうか、と考えてしまう。

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少し前に、『サンシャイン牧場』という、mixiの中の農場経営ゲームが流行った時期があった。今にして思えば、あれがブロガーにとって理想の世界だ。
各自が、思い思いの作物(=記事)を育て、「おすそわけ」(=文中リンク、トラックバック)という形でその成果(アクセス等)を分け合い、交流しながらそれぞれの農地を広げて立派にしていく。
つまり、みんなもっともっとちゃんと記事を書いて、言及しあっていこうよ!ということである。


この記事の評価は:

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コメント / トラックバック 10 件

  1. ekken Says:

    自分の考えを主張するにあたって、他人が書いた過去の意見を検索する必要などないよなぁ。id:otsune

  2. tailtame Says:

    自分の成果物が拡散しているようで当人の益にならなかったりするからなぁ…吉野家コピペみたいに元があったのか、みたいな。どんどんコピペしていい人もいれば嫌な人もいるしー

  3. kasane_yuuhi Says:

    <q>各自が、思い思いの作物(=記事)を育て、「おすそわけ」(=文中リンク、トラックバック)という形でその成果(アクセス等)を分け合い、交流しながらそれぞれの農地を広げて立派にしていく。</q>

  4. mame-tanuki Says:

    2011年5月記事。MAD動画は許されるか否か論など、二次創作問題を少し思い出す。

  5. xsinon Says:

    web上の共有がどこまで許されるのか。情報と著作の両天秤

  6. zions Says:

    「その行為がシステム上可能ならするやつは絶対いる」「でもそれがこの世の現実なら、受け入れるしかないんじゃない」ソウルジェムが魔女を産むなら、みんな死ぬしかないじゃない!的な何か。

  7. otsune Says:

    2007年の議論かとおもったら2011年だった。3年ぐらいたつとよく検索しないで同じ事書く人が出てくる現象か/id:ekkenさん。「車輪の再発明・証明済み問題」を自覚してるんなら明記してくれると閲覧者の時間の無駄が無くて良

  8. iwadon Says:

    コンテンツの転載自体よりも、転載されたコンテンツを見た人が転載元に訪れないことが問題、ってことかな。Tumblr上のブログならReblogが逆リンク通知として働くから、それで十分ということはありそう。

  9. iwadon Says:

    コンテンツの転載自体よりも、転載されたコンテンツを見た人が転載元に訪れないことが問題、ってことかな。Tumblr上のブログならReblogが逆リンク通知として働くから、それで十分ということはありそう。

  10. CAX Says:

    ISBN:9784048863292 のTumblrの引用・転載に関するところで紹介されていたページの1つ。

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