現在のテキストサイト界を取り巻く空気

2011年7月12日 火曜日

昔なつかしテキストサイト論ばっかり書いててもしょうがないので、そろそろ打ち止めにしますけど、この前書いた記事に、『テキスト王』工藤さんから寄せられたコメントには、はたと膝を打つものがありました。

現在、テキストサイトを取り巻いている空気は、書く人にとってはもしかしたらパラダイスみたいなものなのかもと思うときがあります。かなり暑苦しいことを書いても取り立てて反応がない(でも、アクセスログを見れば、それなりに読まれているのはわかる)というのは、すごく自由を感じさせてくれるんですよね。

ブームの時はタブーがいくつもあったと思います。たとえば、宮本さんも僕も、今、ツイッターやってますけど、あの当時ツイッターが存在してやっていたらほぼ間違いなく「ツイッターなんてやっていないで更新しろ」という要望がいくつも届いただろうし、「ツイッターを始めてからつまららなくなった云々」みたいなことを書かれたりしたでしょう。
今はツイッターを始めようが、どこの脇道に逸れていこうが、なにを書こうが、また書かなくて面と向かって非難されることが皆無で世の中のことを吸収しやすいです。吐き出す一方ではなく、吸うことも息抜きも出来るのでサイト運営がすごく楽になりました。ヴイックスヴェポラッブを胸に塗っているようなもんですね。呼吸が楽です。

注目はされなくなったけど窮屈ではなくなったというのは、ある意味、テキストサイトブレイク前の「注目されてないけどその分好きに書ける」という状況に似ていると言えますし、案外、テキストサイト運営者のモチベーションは底を打って全体的に上がっているんじゃないかと思っています。

(引用注:太字強調筆者)
「テキストサイト」は終わらない | 九十九式

そう言われてみればそうですね。当時Twitterなんかがあったら「なれ合いウゼェ」とか「つぶやいてないで更新しろ」とかメールが来たり、誰と誰がフォローしているとか相関図が2ちゃんのウォッチスレに貼られたりと、ろくなことになってなさそうな気がします。

あとは先日書いた「バーベキューオフ会でテキストサイトについて考えた」なんて、炎上必至の事案ですね。といってもコメント欄の無かった当時、炎上するのは2ちゃんのウォッチスレなわけで、それはある種の“非対称戦争”だからサイト管理者にとっては実に分が悪く、いいことが何もない。じゃあ書かない、となる。しかし今はそういう息苦しさのようなものがない。

「テキストサイト=大学サークル論」なんて、当時書かれていたら大炎上、脅迫メールまでとどいて、しばらく更新が出来なくなるくらいの暴論ですけど、大丈夫だった。いや、これは後でTwitterで相沢さんと石川さんにたしなめられました。

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なんだかごめんなさい。東京中華主義に基づく暴論でした。数年前も、何か身も蓋もないテキストサイト論をかまして、くまプーに叱られたことがあった。テキストサイトは誰の心にもあって、それぞれの中にそれぞれのテキストサイト像がある。みんな違って、みんないい。
でもTwitterでの顔の見える意見は、サイト上での言及と同じようなものなので、匿名大量批判や人格攻撃のようなものとは違うので精神的な衛生が保たれるのでとても良い。

おれたちのせかい

それはそうと、確かに、自由にものが言える、書ける空気を感じますね。
現在でも更新を続けているテキストサイトの皆さんはどう考えているんでしょうか。
それにしても、本記事のタイトルにも使われている「テキストサイト界」。今でも存在するんでしょうか。
いや、それともそもそもそんな世界が本当に存在していたんでしょうか。

C「この むこうに
べつのせかいが あるのかな?

A「いってみるか?

B「おれは どっちでもいいぜ。

D「そうだな。でも ここも けっこう
いいとこに なったんじゃない?

C「いえてる。
わるいスレッド みんな DATおちしたからな!

主人公「いこう!

みんな「どこへだ?

おれたちの せかいへ!!


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