又八という物語 (バガボンド31巻)
連載初期から、ずっと又八が嫌いだった。物語の都合上、いないと困るキャラクターなのは理解しているつもりではいたが、どうしても好きになれなかった。友を妬み、人を騙し、口ばかり達者で物語のすき間をうろちょろするしょうもない脇役、と思っていた。
しかしこの巻では、物語の大部分が、又八を描くことに費やされていた。
連載初期から、ずっと又八が嫌いだった。物語の都合上、いないと困るキャラクターなのは理解しているつもりではいたが、どうしても好きになれなかった。友を妬み、人を騙し、口ばかり達者で物語のすき間をうろちょろするしょうもない脇役、と思っていた。
しかしこの巻では、物語の大部分が、又八を描くことに費やされていた。
『最強伝説黒沢』がとうとう完結した。その結末については賛否両論あるようだが、ひとまず物語の最初から最後までを振り返ってみたい。
建築会社で働く主人公の40代独身男・黒沢が、「山の現場」で監督として働く。仕事もあまりできず、人望もなく、自信もない。一生懸命自分を変えようとするもののいつも空回りしてしまう黒沢の姿は、滑稽に感じるにせよ哀れに感じるにせよ共感するにせよ、まんがの主人公としてはあまりに「リアル」だった。人間の感情、修羅場の心理状態機微を描き続けてきた福本伸行ならではの人間劇場が展開されていたが、連載当初のインタビューによると、このダメさ加減はあくまで長い助走であったことが分かる。
ひょんなことから不良中学生と対決した黒沢は、フィジカルな闘争によって得るものや失うものの存在に気付く。仲根との対決シーンなどは、『ホーリーランド』などの実戦系格闘まんがと比べても遜色ないスリリングな描写となっていて、そうした視点からも楽しめた。(絵柄はアレだけど…)黒沢の考え出す策略、秘密道具などの独創性は、他のギャンブルまんがに通じるような意外性もある。
黒沢の戦いは、まんがの常として次第にエスカレートしていく。しかし全体を振り返ってみると、これは決してインフレバトル的ないきあたりばったりなものではなく、物語として必然的に展開していったものであることが分かるだろう。中期で黒沢が不良中学生と「決闘」して得たものは、「ただ生きてるだけで勝ち」の動物とは違う、人間として最低限の自己の誇りだった。戦うことによってそのことを知った黒沢は、今度は何かを守ること、自分以外の存在のために戦うことを知る。
現実問題として見れば、ホームレスの公園を守って暴走族と対決しても、何もメリットはないはずだ。しかし、守るべき価値と、人間としての尊厳を勝ち取るために戦う黒沢の姿は、司馬遼太郎『坂の上の雲』で描かれている旅順攻略戦で死んでいく兵士たちの姿にも似て崇高である。
最後の戦いで、黒沢は深刻な肉体的ダメージを負い、ラストシーンで息を引き取る(ように描かれている)。この結末に賛否両論があるのは分かる。こんな終わり方をしてしまったら、1~5巻あたりを気楽に楽しめなくなってしまう。白本屋で「三天セット」を頼む黒沢を見て、素直に笑うことができなくなってしまうではないか。
しかしそれでも、僕はこの終わり方しかなかっただろうと思う。批判派はおそらく、「何の伏線もなく急に主人公を死なせて終わり、ではあんまりだ」と言うのだろう。しかし、伏線ならあった。
1巻から振り返ってみると、黒沢はギャグまんがの装いをとっていながら、その実、全編が死の暗示で彩られ続けていたことに気付く。現場での事故死、交通整理での死、風邪で凍死、金属バットで脳挫傷…。黒沢は今まで一体何度死にかけたことか、数え上げればキリがない。光あるところに闇が生まれる。死の暗い存在を意識するからこそ、光り輝く生を送ることができる。この『葉隠れ』にあるような武士道的な日本人の死生観を体現してみせた作品ととることもできる。
次に、黒沢の人間的成長について少し考えてみたい。
「マズローの欲求段階説」というものがある。これは、人間の欲求を5段階のピラミッドで説明し、底辺の1段階目から始まる欲求は、常に1段階上の欲求を志すという学説だ。
これに照らしてみると、初期~中期は「親和」「自我」の欲求、後期では「自己実現」の欲求がテーマになっていると見ることができるだろう。後期の黒沢は、2、3段階の欲求が満たされていないホームレスたちよりもより高次な欲求まで満たされているため、彼らの満たされない部分や、それが満たされることによって彼らがどう変わることができるかが分かっていたのだ。
現代社会にいきる我々は、1、2段階の欲求は比較的容易に満たすことができる。3、4段階までもある程度の努力によって満たすことはできるだろう。しかし、5段階目の自己実現まで到達できる人は、それほど多いとはいえないのではないだろうか。黒沢は最終巻によって、見事にそれを達成し、己が生を全うすることが出来たのだ。
『地獄甲子園』ではないが、最終話の黒沢の死に様で、福本伸行は我々に問いかけているのだと思う。
あなたはこんな顔で死ねますか…?
(読書感想文33)
1分間マネジャー K.ブランチャード (著), S.ジョンソン (著)

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
数年前に『チーズはどこへ消えた?』でベストセラーになった、ビジネス書の心理医学博士スペンサー・ジョンソンの初期作品。
この本は、日本経済に押されて自信喪失していた80年代前半のアメリカにマネジメント革命を起こした。“人を大事に長く使う”日本式経営とは別の方向から、人を大事に、うまく育てることを説いている。
タイトルにある『1分間マネジャー』とは、
・1分間で目標を設定し、
・1分間で部下を誉め、
・1分間で部下を叱る
マネジメントに時間をかけずに最大の効果をあげるマネジャーのことである。
本文は、最強のマネジャーを探す旅をしている若者が主人公の寓話スタイルで平易なストーリー展開のため、1時間もあれば読み終わる。
ビジネスマンだけでなく、部活、サークルの部長、兄・姉、結婚した人、子供ができた人など、およそ人を導く立場になった人全てに役に立つだろう。
実際、この本はシリーズ化され、『1分間リーダーシップ』『1分間顧客サービス』『1分間意思決定』、果ては『1分間ママ』『1分間パパ』まで出版されている。
しかし恐らくは、第一作目であるこの本が全ての基本となっているはず。
嫌韓流
¥1,000
売れてるらしいですねぇ。売れに売れてるらしいです。もうほとんど在庫がなくなっていて、近々重版予定だとか。Amazonでもしばらくトップを独走しています。というわけで読んでみた感想などを。
知れば知るほど嫌いになる国 それが韓国なんだ……
マスコミが隠しているもう一つの“韓流”があるッ!
(ゴゴゴ…)
それが嫌韓流だッ!!
なんだってーーーっ!! という、もうちょっとMMRノリのバカなマンガを想像してましたが、意外と優等生という印象を受けました。
いやむしろ、題材が題材だけに、極力おふざけを排したかったのかもしれません。とても丁寧なつくりで、こうしてインターネットを駆使している方なら大体が知ってる内容だとは思いますが、改めて知識・情報をまとめるのに役立ちます。これ一冊で、とりあえず韓国関連の現代テーマについての材料はそろいます。
また、当たり前の内容だけではなく、僕も知らない内容がいくつもありましたし、竹島問題はこれで全て分かる、といっても過言ではないでしょう。剣道、忍者、侍、寿司、折り紙などの日本文化剽窃問題も、こうして“メディア”でちゃんと取り上げられるのは初めてじゃないでしょうか。
(万が一ご存知ない方のために説明しておくと、韓国は剣道や侍など、日本の伝統文化を全て韓国固有のものと偽って世界に喧伝し続けています。)
ただ、そのあまりに優等生的なつくりのゆえか、マンガとして見たときにあまり面白くない、という欠点があります。主人公の歴史研究サークルの部室での会話、韓国大学生とのディベートなど、とにかくほとんど全ての場面が会話のみで進むので、話の展開やマンガとしてのダイナミクスには欠けるのです。これは今後の山野先生の課題でしょうか。
こうしてみると、小林よしのりって改めてすごいんですね。友人のたいせー君すら、この前「思想には共感できないが、何年もあのバイタリティで描き続けられるのはすごい」って言ってました。9月に戻ってくるそうです。
博士の愛した数式 小川 洋子

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
脳障害で80分しか記憶が持たなくなってしまった老数学者と、母子のふれあいを描いた叙情的作品。主人公は家政婦として毎日“博士”の元へ通うが、80分しか記憶が持たない博士は、いつも初対面になってしまう。しかしそこに10歳になる息子を交えた心の交流が生まれる。というお話。
我々はともすれば過去にばかり眼を向けてふさいでしまったり、未来ばかり見て不安に押しつぶされそうになったりするが、彼らは現在のことしか考えない。
どんなに楽しい時間を過ごしたとしても、博士との時間は文字通り“今”しかない、ということが分かっているからこそ、誰もが相手のことを心から思いやっているのだ。ひたむきに今を生きようとする3人の姿は、美しい。
物語は、やがて来る悲しい結末を予期させながら進むが、実際に悲しい結末は描かれない。温かい雰囲気のまま、うっすらと冷めて、やや唐突に終わる。まるで「証明終わり」とでもいうような幕引きだった。
“数式”という点で尻込みしている文系人間にもおすすめしたい。分数の割り算が分からなくても読める。
★★★☆☆
五重塔 幸田露伴

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
感應寺に五重塔を建築する計画が持ち上がった。その建築、設計を担当する栄誉をかけて、流れ者でつまはじきもの大工と、皆に慕われる気風のいい棟梁が対立する。男と男の意地のぶつかり合い、職人文学の傑作。話の筋もいいのだが、何よりも文章自体のリズムが良く、読んでいて小気味が良い。文語体で書かれているし、一文、一文がやや長いので最初は多少戸惑うが、慣れればサクサクと読み進められる。名文。
完全な余談だが、週刊アスキーの進藤アナの対談記事で、斉藤孝がこの作品を絶賛していた。曰く「今でも折に触れて読みます。」と。それを受けた進藤アナが「私は小学生のときに読みました」と言うと、斉藤孝は「さすがに小学生じゃピンと来なかったんじゃないですか?」とやんわり驚いていた。どうしてこんな2秒でバレる嘘をつくかね。当時の尋常学校生ならまだしも、30年そこそこ前の小学生が旧字で文語体の文章を読んで理解できるわけがない。だってある章の出だしの文章なんてこうだ。
紅蓮白蓮の香 ゆかしく衣袂 に裾に薫り来て、浮葉に露の玉動 ぎ立葉に風の軟 吹 ける面白の夏の眺望 は、赤蜻蛉菱藻 を嬲 り初霜向ふが岡の樹梢 を染めてより全然 と無くなつたれど、赭色 になりて荷 の茎ばかり情無う立てる間に、世を忍び気 の白鷺が徐ゝ と歩む姿もをかしく、紺青色に暮れて行く天 に漸く輝 り出す星を背中に擦つて飛ぶ雁の、鳴き渡る音も趣味 ある不忍の池の景色を下物 の外の下物にして、客に酒をば亀の子ほど飲まする蓬莱屋の裏二階に、気持の好ささうな顔して欣然と人を待つ男一人。
昔の作品は安めなのでありがたいですね。というかまあ、こんくらい昔になると、青空文庫でタダで読めてしまうんですが。→青空文庫:五重塔
★★★☆☆
海辺のカフカ(上)村上春樹


レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
15歳になった日の朝、「僕」は呪われた宿命から逃れるために家を出ることを決意する。誰にも見つからない場所を探して少年が向かった先は、四国。猫と話せる老人ナカタさんの行く先もまた西。2人の旅路に60年前の事件、ジョニーウォーカーやカーネルサンダーズ、異界の入り口、それぞれの物語を紡ぐ糸、暴力と虚無とが混じり合い、徐々に少年の下に収束していく。
村上春樹と言えば、デビュー作の『風の歌を聴け』に代表されるように、何者でもない等身大の「僕」が女性とうだうだして猫をごろごろして終わって、何も残さず、「僕」もまったく変わらない、いわゆる私小説風の小説が多い印象がある。(偏見)
しかし今作は、特殊な舞台装置と奇妙な設定が現実感の中に効果的に配され、SF(ちょっとふしぎ)な物語として大いに楽しめる。『ハードボイルドワンダーランド』以来の快作。登場人物もみな魅力的だ。主人公に関して言えば、実際にこんな15歳がいたら嫌だけど。あと、いつも思うけど村上作品では猫に比べて犬が冷遇されすぎ。
★★★☆☆
八犬伝(上) (下) 山田 風太郎

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
言わずと知れたわが国を代表する伝奇小説のさきがけ、『南総里見八犬伝』。だがそのモチーフやあらすじは知っていても、意外とちゃんと読んだことはないという人も多いのではないだろうか。まず本書は、上下2巻でコンパクトにまとまっているので、そうした人にも勧められる。
また本書は、章ごとに虚の世界と実の世界が交代で進行していく。虚の世界は八犬伝の世界、そして実の世界は滝沢馬琴その人の世界なのだ。そもそもこの作品は、滝沢馬琴が葛飾北斎に新作小説のプロットを話して聞かせるという設定で始まる。いわばメタ小説としての体裁をとっているわけで、たまにおそらくは山田風太郎一流の作品論が出てきたりして興味深い。
虚の世界、すなわち八犬伝本体の部分に関しても、山風節が冴え渡る。例えば八つの玉が天空に散らばるシーン。オリジナルで
「空に遺れる八つの珠は、燦然として光明をはなち、飛巡り入り乱れて、かくやくたる光景は、流るる星に異ならず*1」
とあるところが
「おう、見よ、真っ赤な西空に、きらめく光体が旋転している。『飛行物体』は八つあった。それらはしばらく飛びめぐり、入りみだれていたが、ついで扇のごとくひらいて、流星のように北方へ翔び去った」
と訳される。名調子。あと後半を「馬琴の頭もとうとう衰えて、冗長になってつまらなくなった」という理由でバッサリ省略するのもすごい。
★★★★☆
*1……下巻解説より引用
江戸忍法帖 山田 風太郎

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
忍術あり剣戟ありロマンスありの風太郎絵巻。前将軍綱吉の落胤として、人知れず生きてきた若君、葵悠太郎。彼が世に出ようとするとき、江戸に地の雨が降る! 悠太郎を亡き者にしようとするのは、大老柳沢に雇われた恐るべき忍者集団、甲賀七忍であった! 最初は逃げ惑うだけの主人公だが、友の命を奪われたとき、ついに彼は復讐の修羅となり、天下無双の一刀流が炸裂する!
忍法帖シリーズの常として、この作品にも意表を突いた忍者、常軌を逸した忍法が登場し、息もつかせぬ目まぐるしさでぐいぐいと引き込まれてしまう。敵の忍者を1人ずつ粉砕していく展開はまさに少年漫画的で、血が熱くなる。ミステリ的な凝った展開も面白い。個人的には今まで読んだ忍法帖シリーズの中でかなり上位にくる作品。読後感もさわやかで良い。まさに「忍法帖にハズレなし」である。
★★★★☆
新選組血風録 司馬遼太郎

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
幕末ものの第一人者、司馬遼太郎による新選組オムニバスストーリー。15篇の短編からなり、近藤や土方らのスター隊士だけでなく、井上源三郎や山崎蒸などの“脇役”から、鹿内薫や谷三十郎といった無名の隊士までが主人公として、味わい深い物語が紡がれる。本の構成上、どこから読んでも楽しめるし、いきなりこの本を読んでも面白いのだろうけど、できれば新選組通史として『燃えよ剣』を一読してからこの作品にあたることをおすすめしたい。
個人的に好きなエピソードは、『胡沙笛を吹く武士』と『海千寺党異聞』『沖田総司の恋』など。人の心の移ろいやすさ、変わりゆくものと、変わらぬものとのコントラストは美しい。
★★★★☆
しまった! ゴールデンウィークが始まってしまった!
いや別にしまったも何もないんだけど、というか僕のGWは3月の時点で既に始まっていて、しかもいつまで続くともしれない長いお休みなんだけど……。
読書目標が、全くといっていいほどはかどっていない。会社がなくなったら、さぞ読書も進むだろうと思ったら、逆に5分の1以下のペースに低下している。何でかと思ったら、僕の主な読書時間は通勤電車の中だったのだ。これならば、1日2時間弱の読書時間が確保されるという仕組みだった。
これは何とかしないと、「1年で99冊」という最終目標が達成できない。単純に計算しても、1ヶ月8冊、1週間に2冊以上のペースを維持しないと達成できない目標だったのだ。どうしよう。何かペナルティとか罰ゲームでも設定しようか……。
マルドゥック・スクランブル(2) 燃焼 冲方 丁

レビュアー: 宮本・ザ・ニンジャ
全てを失った少女が、ドクターに助けられ、改造した身体をもって復讐と事件の解決に挑むサイバーパンクサスペンス小説の2冊目。
1作目では銃弾が何千発も飛び交うハードなガンアクションがクライマックスに配置されていたが、今回は打って変わって直接戦闘の描写はほとんど出てこない。代わりに主人公は電子の海をハッキングし、カジノでギャンブル勝負に挑む。このカジノ描写が実に凝っていて、カイジばりの緊張感、とまではいかないが、ギャンブル小説としての楽しみ方もまた可能なのではないだろうか。SFなのに、『2004年版このミス』にランクインされた筆力は伊達ではない。
展開も急変するが、今までは「自分は何者なのか」「なぜ自分がこんな目に」という、ひたすら受け身の姿勢で戦ってきた主人公が、自分の戦う理由、存在証明を見い出していく、物語の転機となる巻でもある。
★★★☆☆—–