2006年5月28日 日曜日
アラカン天皇 ★★★☆☆
明治天皇と日露大戦争
東映大戦争映画シリーズ、3部作の1作目。話の展開は、ロシアの圧力→開戦→激闘→勝利、という、素直に時系列を追った筋立て。二百三高地のように、「さだまさしの歌を流しながら、黒背景に赤フォントで歌詞を表示する」などといった無茶な演出はない代わりに、割と淡々と進んであっさりと終わる。日露戦争の流れを抑えておきたい向きにはいいかと思います。
アラカンこと嵐寛寿郎の明治大帝は威厳に溢れていて良い感じです。そう、タイトルにもあるとおりこの映画の主人公は明治天皇なので、途中途中に御製(天皇陛下の詠まれる歌)が入ったり、賢帝エピソードが挿入されたりします。ひょっとすると、台湾で上映したといに観客が起立敬礼したのはこっちかもしれません。『四方の海~~』が詠まれたときには「これがあの有名な!」とひとりテンションが上がりました。
以下更新予告
BROTHER
エウレカ後半
ゴースト・ドッグ
2006年5月18日 木曜日
海は死にますか 山は死にますか ★★★★☆
二百三高地
日露戦争最大の激戦地となった、二百三高地の攻防戦を巡る重厚なストーリー。
先の大戦のスケールや悲劇的性格、以降の世界版図に与えた影響が大きすぎたために、歴史の中の一コマとして語られてしまいがちな日露戦争。しかしそれはわずか100年前の話ですし、世界史的影響や日本史的意義の大きさも計り知れません。アメリカでもイギリスでも、歴史の教科書には東郷平八郎の名があり、フィンランドには今でもトウゴウビールがあると聞きます。
しかしわずかに100年前と言っても、今とは全く戦争の仕方が違います。基本的には、銃を持った歩兵が大勢で突っ込んでいく、「合戦」とでも言うべきスタイルです。この映画で特に印象的だったのは、「停戦日」として前線の両軍兵士が酒やタバコを交換しながら歓談している描写。字幕によると、「当時の戦争には、まだ武士道と騎士道のフェアプレー精神が残っていた」そうです。
しかしそれでもロシア軍には機銃が配備されていて、日本軍の歩兵銃の何十倍もの弾丸が飛んでくる。日本軍は劣勢を打開するために強攻策を立て、それでも攻めあぐねてどん詰まりになるととりあえず指揮官の「突撃」で一斉に突っ込み、部隊が全滅する……。この戦争には勝ちましたが、50年後の戦争の敗因を蔵しているような気がします。
3時間の長丁場で、演出も泥臭さや時代を感じさせるものが多いのですが、映画のスケールとドラマ感は、流石と言うべきでしょうか。あとはキャストも、当時の日本映画界の銀幕スター終結の感があります。三船敏郎の明治大帝、仲代達矢の乃木大将に丹波哲郎の児玉大将、そして森繁久弥の伊藤博文など、まさにハマり役、ハマり過ぎてて怖いくらいです。しゃきしゃきと喋り、動く森繁が見られます。なんせ100年前だからなぁ。
キャストのハマり具合について、一説によると、台湾でこの映画が上映されたとき、明治天皇が登場した瞬間に観客が全員起立して敬礼をしてしまい、上映禁止になった(既に国民党支配下になっていたから)というほどです。まぁこのエピソードは、キャストのハマり具合というよりも、台湾人民の忠義を語るものとも言えます。
2006年5月8日 月曜日
奥義炸裂 ★★★☆☆
キル・ビル Vol.2
やっと見たんですが、なるほど確かに1と2は別物の映画でした。フルメタルジャケットの前半と後半くらい違います。
「前作で、婚約者一家の命を奪ったかつての殺し屋仲間に対する復讐を敢行した女主人公『ザ・ブライド』ことキドー。しかし、復讐の相手はまだ3人残っている。その中には、ビル――かつての仲間であり、恋人であり、事件当時に腹に宿していたこの父親でもある男――も含まれていた……。果たして、復讐は成功するのか。ビルとキドーとの浅からぬ因縁とは。」
内容については、巷間言われているようにやや冗長さが強く、スピード感に欠けるところがあります。おそらく製作者側は、こっちのほうが気に入っているのではないでしょうか。「2では登場人物の内面が描けた」という言葉からも、その自信の程が伺えます。しかし、“人物の内面が描けている”=“優れた作品”ではありませんし、1の方が僕が楽しめたのは確かです。
ところで、主人公のユマ・サーマンは劇中で「すこぶるつきのいい女」として描かれ、行く先々でそう扱われるわけですけど、どうなんでしょうか。僕にはただの金髪女性にしか見えないんですが、アメリカ人の美的感覚との差でしょうか……。
また、ビルの弟について、ちょっとした違和を覚えました。観終わってからメイキングを見ると、監督曰く「彼は人間味があってとても印象的な役で、観客が最も共感できる人物かもしれない」とコメントしているんですが、普通に見ていた僕にとっては単なる脇役でしかありませんでした。人間性や性格付けも、どちらかと言えば反感のほうが大と言えるかもしれません。また続けて監督曰く「マイケルはクールな俳優の代表格だからね」と。僕はこの俳優を知らなかったので、「マイケル某が演っているからクールでタフな役柄だ」という先入観は存在しなかったわけです。
こうして随所に現われているように、観客の先入観に期待しすぎるところや、監督の観念がときに押し付けに感じられてしまうところ、この辺りがいまいちスッキリしない原因なのかもしれません。まあ、1作目も監督の自己満足と言えばそれまでなのですが、観客がシンクロできるかどうかが評価の分かれ目という気がいたします。
しかし、カンフー映画的に評価すると、ラストの対決シーンは良かったと思います。
2006年5月3日 水曜日
映画DVDを見たよー。今年からTSUTAYA ディスカスの会員になったのである。
近未来管理社会のSFランボー ★★★☆☆
カート・ラッセル主演のSFアクション。
0歳のときから戦士として育てられ、自我を滅して殺戮のみを叩き込まれて成長したエリートソルジャー、トッド。しかし新世代の兵士は、遺伝子操作で造られた純粋培養のエリートだった。旧世代ソルジャーの主人公は御役御免で廃棄処分になり、くず鉄星に流れ着く。そこに住む人々との交流で、主人公は少しずつ人としての心を取り戻していくのであった…。というお話。
突然日常の中に放り込まれても、戦場の記憶がPTSDでフラッシュバックしてしまったり、エリート兵士をゲリラ戦で1人ずつ屠っていったりする様は、まさにランボー。しかしトッドは最終的には上官の命令に従うのではなく、己の良心とでもいうべきものに従って、行き先を自分で決めるのだった。
A級かB級かで言えばB級なんだろうけど、とは言え制作費が掛かっているため、映像的にチャチな部分は感じない。ラストの、ジェイソン・スコット・リートの格闘対決も、いかにも“90年代のハリウッド格闘アクション”という感じの重量感ある仕上がりで、悪くない。監督によれば、この映画は「SF+西部劇」なんだそうだ。平和な街に流れ着いたストレンジャーが、人々を守るために1人で敵に立ち向かう。なるほど。
2006年2月19日 日曜日
『キングコング』を見た。頭空っぽで夢つめこめる映画だった。監督は『指輪物語』のピーター・ジャクソンなんだけど、なんでもこの人が映画監督を志すきっかけとなったのがオリジナルの『キングコング』だった、という予備知識だけでも、期待させてくれる。才能のある人の本気のオマージュは、いつだって良いものだ。(作品自体が名作になるにせよ凡作に終わるにせよ)
とにかく圧倒的なコングの存在感。これに尽きる。これを可能にしたのは、最先端のCG技術も模型技術もあるだろうけど、やはり監督の思い入れだったんじゃないだろうか。恐竜に襲われる美女を助けに来るところとか、恐竜と戦うところ、あと恐竜のアゴを裂いて殺すところとか、最高だった。
美女の相手役であるエイドリアン・ブロディ(戦場のピアニストの人)の影が恐ろしく薄くて、存在意義すら疑わしくなってしまっているんだけど、考えてみればあんなゴッツイのと主演男優の座を争わなきゃいけないんだから、影も薄くなろうというもの。無駄に脱いで肉体を誇示するも、最後まで何のためにいるのか分からないままだった。
キングコングが、美女を手にエンパイア・ステートビルに登る、映画史上五指に入る有名なシーン。最後の会話は、あのシーンに新しい意味と解釈を与えてくれる。おそらく監督自身が何十年前からずっと考え続けた問題だったのだろう。
それにしてもコングの悲恋、最後は哀しい。見終わって、自分は人間で良かったなぁとつくづく思った。人間同士の恋愛なら、どんな相手だろうとあそこまでの障害はない。
あと、髑髏島で出てくる巨大カマドウマ(?)や巨大サソリはマジで怖いので、節足動物嫌いは覚悟して見るべきだと思う。
2005年7月12日 火曜日
ボトルキャップは、読者の方のご協力や情報提供を受けてなんとななる見通しが立ちました。本当にインターネットやってて良かったー。さらにこれもネットの力で、先月の話になるんですがセンパイに先々行上映のチケットをもらったので、いち早く見てきましたスターウォーズ! もう以来テンション上がりまくりのフォース感じまくりで日々をすごしております。宮本です。
●第一感想 (以降、ネタバレ反転)
とにかく重苦しくて暗い映画でした。まさに悲劇。主人公は悪の道に転落して半死半生の目に遭うし、ヒロインは死んでしまうし、共和国は崩壊してジェダイは大量にぶっ殺されるし、とにかく救いのほとんどない映画。唯一の希望といえば、最後に生まれる双子だけ…。そしてそれがまさに“新たなる希望”に育つ双子なのである。あるんだけど、それ以外はほんと暗黒面。
●見どころ、ポイント
今作も、SWのアクション3大要素、『チェイス・戦争・一騎打ち』が盛り込まれています。特にオビ・ワンはシリーズ中最も活躍すると言ってもいいのではないでしょうか。
しかし今回の見どころは、そうした個々のシーンよりも、細部と全体の収束の仕方にあると思います。今作はSWのラスト・ピースです。この映画を見に行く観客のほぼ全てが、結末を知っているわけです。
既に建っている立派な塔を少しずつ掘り返して土台を作り直すようなこの作業は、困難を極めたはずです。しかしルーカスとスタッフはそれをほとんど完璧にやり遂げました。
アナキンはとうとうダース・ヴェイダーに、パルパティーンは暗黒皇帝に、そしてオビ・ワン・ケノービはベン・ケノービになります。
そう、この代表的な3者の中で、パルパティーンは同一役者がやってるし、ヴェイダーは同じ仮面を被っていますが、オビワンは全く違う役者がやっています。それなのに、3を見たあとに4を見ても、ちゃんとオビワンがオビワンに見えるのです。
この連続性の達成こそが、このEPの、新トリロジーの成功だと思います。これはひとえに強固な世界観のおかげでしょうか。ルーカスという天才の頭の中が完全再現されたことによる、イメージの統一のなせるわざでしょうか。
もちろん、役者の努力もあるでしょう。たとえば今回の撮影にあたって、イワン・マクレガーは3週間ひきこもって前トリロジーを見まくり、自分をアレック・ギネスに同調させることを目指したそうです。まあちょっと老けすぎの感はありますが、あれだけつらい体験をして、田舎にひとりで蟄居してれば老け込みますよそりゃ。
●客席の様子
スターウォーズの先行上映といえばお祭りです。カンヌでも毎回ストームトルーパーが大量に繰り出してお祭り騒ぎになっています。日本でも、例えば六本木はSW祭りになっているというのを1や2の時にもしっていたので、少し期待していたんですけれども、千葉県市川市では何もありませんでした。いや、別にコスプレ集団が闊歩していなくてもいいんですよ。ただ、あのタイトル画面とエンディングシーンでは、拍手くらいあってもしかるべきだったんじゃないでしょうか!
そして、率先してそれをやらなかったことを残念に思っています。人生最後のSW先行上映だったのに。
2005年7月8日 金曜日
今日は地上波でEP2がやってました。僕は人に何と言われようと2が一番好きかもしれません。何せジェダイがたくさん出てくる。ジャンゴ=フェット大活躍。戦争シーンが大スケール。(頭悪そうですね)
そしていよいよ明日からスターウォーズ EP3が公開されますね。僕は既に先々行上映で見てきたんですけど、ファンなら必見の作品と言えるでしょう。あと3回くらいは見ておきたいな。
今書店にある映画雑誌は軒並みスターウォーズ特集ですが、中でも『TITLE』の特集“スター・ウォーズは終わらない。”が一番丁寧でページ数も情報量も多くて読み応えがありました。その中に、著名人がスターウォーズへの愛を語る企画があるのですが、我らが富野カントクも登場していました。曰く、
『ガンダム』で『スター・ウォーズ』に勝ちたい。
一介のテレビアニメカントクが、ジョージ・ルーカスにライバル心を燃やしていたことをこっけいと思われるかもしれませんが、やはり創作者としては、『スター・ウォーズ』と同じ土俵で戦わなければなりません。日本では『ガンダム』が大きな人気がある、といわれても、自分では認められない。『スター・ウォーズ』とは大きな開きがありますから。興行的にいえば、どれだけ動員したか、どれだけ稼いだかなんです。なんとか勝ちたい。僕にとっては死ぬまで勝ちに行きたいと思えるタイトルなのです。
監督の、スターウォーズへの意識と自分の仕事への思い入れ、自信とコンプレックスが複雑に絡み合ったいいインタビューだと思いました。
映画情報を見ていたら、その『Zガンダム』の劇場版の上映が今日までだったので、急いで見に行ってきました。こちらも20年ぶりに作られた、新しいトリロジー。見ないわけにはいきませんね。
全体としては、やはり急ぎ足、説明不足の感は否めないものの、それなりにうまくまとまってはいました。イベントを配置し、省略し、新カットをつなぐうちに、登場人物の描写も随分と違う肌合いになっています。一番大きいのは、やはりクワトロ大尉がちゃんとシャアらしく描かれていることでしょう。TV版のΖガンダムでは、元シャアのあまりの弱体化と軟弱っぷりに「オマエが坊やだよ」「なんだそのグラサン」「成長したのは筋肉だけか」と非難の声が集中したと言いますが、今回のリメイクでは行き過ぎた弱体化への反省が感じられました。
のっけからリックディアスで大活躍、百式に乗ってからも敵機をバリバリ撃墜するし、何よりもあの有名な“修正”シーン(カミーユにぶん殴られ、泣きながら「これが…若さか…(涙がキラキラ~)」とかいう噴飯シーン)が丸々差し替えられ、カミーユが「この人が…あのシャア…!(目がキラキラ)」という180度逆のシーンになっていました。相当反省したと見えます。
このほかにも、描き足されたシーンは多くて楽しめたんですが、メカ描写ならまだしも、人物の顔のタッチが全く変わってしまうのはつらくもありました。どうせあそこまでやるなら、全部描き直してリメイクにすれば良かったのに。仕事が中途半端です。—–
2005年4月29日 金曜日
海外のスターウォーズマニアはすごい。まあ、スターウォーズと言えばおそらく世界で最もマニア人口が多い映画シリーズのひとつであり、もはやジャンルとすら言っても過言ではないくらいの人気シリーズだ。それにしても、このファンサイトは凄いんです。(id:kowagari経由)
Star Wars fan Film ~Revelations

EP3の公開に先駆けて、なんとオリジナルエピソードの予告編映像を作ってしまった。スターウォーズ・リベレーションズ。しかもこの映像、クオリティが高すぎwwwwww
CG、セット、衣装など、細部に至るまで凝っている。ほとんどハリウッド一歩手前レベルだ。びっくりした。あと、主演女優のエラとシャクレ具合も凄いぞ。これが一番びっくりした。
ところで、こういう風にネットで音声や動画ファイルが話題になると、アクセスが集中してサーバーがダウンしてしまったり、極端に重くなってしまったりする。そんなときの対処法。ファイル名(この場合web_trailer_II_larger.mov)を、Googleに突っ込んでみるといい。それが話題のファイルであればあるほど、誰かが勝手にミラーリングしたり、どこかのアップローダーに上がっていたりするので、そこからすぐに落とせる(場合もある)。おばあちゃんの知恵。
リアルプレーヤーとかクイックタイムを親のカタキのごとく憎んでいる(僕のような)生粋のウィンドウズユーザーのみんなのために、WMVかMpegにエンコードしようかと思ったけど、原因不明のエラーで何回やってもだめでした。シスの呪いか。
2004年12月30日 木曜日
噂の、北村ゴジラを見てきたよ!
「最後だから怪獣全部出して戦わせて、人間部分も頑張って、大団円のゴジラ映画を作る」という無茶を高レベルで実現させた、色々な側面をもった映画。というか色んな要素を詰め込んで凝縮した娯楽バカ中学生正月大作映画。
ここで怪獣映画のあらすじを語る愚は犯さないが、特筆すべきは、怪獣が出てこない部分でのアクションも試みたという点ではないだろうか。従来のゴジラ映画は、ともすれば人間の出演部分は怪獣が出てくるまでのつなぎシーンであり、どうしても退屈なものになりがちだった。(言っても、本作でもつなぎに変わりはないんだけど)
ところがそこは格闘アクションマニアの北村監督である。怪獣同士を戦わせるだけでは飽き足らず、人間同士も戦わせてしまった。何せ、人間側の主人公からして、“特殊な格闘訓練を施されたミュータント戦士部隊”という設定で、エビラ程度の怪獣なら白兵戦で制圧してしまうのだから。
もちろん、次々と出てくる歴代の人気怪獣がメインであることは間違いない。10体以上も出して、しかもそれを全部ゴジラとぶつける、なんていう強引な舞台設定には驚き呆れ、笑うほかない。おなじみのモスラのサポートやアンギラスなどの有名怪獣、そして満を持して、さんざん引っ張った挙句の例のライバル怪獣の登場シーンと盛り沢山。バカで勢いがあって、こういう怪獣映画もいいなあ、と思わせてもらった。ギャグのセンスに関しては好き嫌いが分かれるかもしれない。怪獣サッカーとか、監督自身のカメオ出演とか……。僕は好きなんだけど。“ハリウッド版ゴジラ”は楽しかった。
しかし一つだけとても納得いかないのは、モスラの妖精をどうしてW(ダブルユー)にやらせなかったのか、ということだ! かつて北村監督は、出演者について「若手スターとベテランを融合させたキャスティングを検討中」と語っていた。
モスラには小さな双子が必要になる。
小さな双子のオリジナルキャストはピーナッツ。
↓
辻加護は、双子じゃないのに双子みたい。
W(ダブルユー)はピーナッツのカバーをしている。
ここまで条件が揃っておきながら、なぜだッ!?
参照
GODZILLA FINAL WARS公式—–
2004年12月26日 日曜日
映画について。僕はこの歳になって、突然悟ってしまった。どうやら僕にとって、映画とは格闘シーンが全てらしいのだ。それに比べれば、脚本やらテーマ性やらは二の次、三の次だったのだ。いい年して、中学生みたいな映画の見方でお恥ずかしい限りですが……。
『SAMURAI』というフランス映画がある。と聞くと、アラン・ドロンの『サムライ』を思い浮かべる映画ファンは多いだろうが、本作は2001年に作られた、ジャパネスク・アクション映画だ。と聞くと、さらに『ラストサムライ』を思い浮かべる映画ファンも多いだろうが、本作は完全なる“カンフー映画”だった。
あらすじはこうだ。
500年前、戦に勝つために悪鬼を呼び出してしまった一族の末裔、藤原刑事は、「フランスにいるお前の娘が危ない」という先祖のお告げを聞き、単身渡仏する。そこに悪鬼の復活をもくろむ日本の組織も乗り込み、一触即発バトルに。果たして、転生した悪鬼の行方はいかに。また、組織が開発した格闘ゲームソフトに隠された謎とは…?
これがジャケット。

ビデオ屋で最初にこれを見たときに「『ブレイド』のパクり?」と放り投げたのはもう半年近く前のことながら、再び見たらなんだか気になって借りてしまったのだ。最初はどうせフランス人の作った、インチキB級バカ映画だろうと思って、適当に流し見していたのだが、どんどん引き込まれてしまった。
まず、格闘シーンが良く撮れている。フランスのキックボクシングジムに、日本から来たカンフー軍団が乗り込んで大乱闘をする、多数対多数の殺陣、日本刀を使ったチャンバラ、ラスボスとの鬼気迫る対決など、色々なパターンをおさえつつ、動き、殺陣、カット割のどれもが及第点である。特にチャンバラシーンは、フランス映画なのにとてもしっかりしていた。
冒頭で「格闘が全て」と言ったものの、それ以外も良ければ良いに越したことはない。北村監督のように格闘シーンだけつないでもしょうがないし、『ドラゴン危機一髪』くらいにシナリオがクソだと全体がしょぼく見えるのも事実だ。
その点この作品は、刑事ドラマ的味付けや、キーアイテムの使い方やゲーム的演出などがうまくできていて、B級からバカに滑り落ちるギリギリのところで踏みとどまり続け、最後はA級に足が届きそうになりつつB級という、素晴らしいバランスに仕上がっていた。
あと、脇役かと思って観てた藤原刑事がやけに強くてびっくりしたんだけど、よくみたらGメン’75でおなじみ、和製ドラゴンの倉田保昭だった。道理で。拳銃、トンファー、日本刀、撃つ、蹴る、キメるの大活躍だった。音楽は『イノセンス』の川井憲次だった。グッジョブ。ヒロインのアケミが明らかに中国人なのはちょっと寂しい。登場シーンで「君、日本人なの? 中国人かと思った」というようなセリフがあるが、残念。どっちもはずれだ。いやどっちも当たりか。ルーシー・リューよりは日本語はうまかったけど。
日本で公開してもそれなりにヒットしたのではないだろうか。アクションやカンフーものの好きな人は、騙されたと思って1度レンタルしてみてほしい。アクションも素晴らしかったが、自分の嗜好を完全に意識させてくれた本作に礼を言いたい。いやあ、スッキリした。個人的には、『キルビル』の10倍燃えた。