旅行記を書く楽しみ

2010年8月22日 日曜日

まだ新婚旅行日記を書き終えていないのに、「取材旅行に行ってきます」とかいって海外一人旅に出かけているようで、「宮本…正気か?」とご心配の皆様、おはようございます、宮本です。九十九式は写真&旅行記サイトです。大丈夫です。

でも旅行記って書くのは超絶面倒だけど、書き上げてみると不思議な充実感がありますね。いや、まだ2日分しか書いてないけど。

こうなったら、3年前の台湾旅行、6年前のスペイン旅行、はては10年前のマルタ旅行、14年前のイギリス旅行とかについても書いてみようか。実は以前、引っ越しで荷物をまとめていたら、14年前の旅日記帳が出てきたのだった。(大二病全開でとても読めたようなシロモノじゃありませんでしたが…。)

それにしても、なぜ「旅行記を書く」という行為は、面倒なのにこれほど充実感を感じるのだろうか。
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日記クリエイターの焦燥

2004年3月23日 火曜日

 書くことがありすぎて追いつかない!

 更新が3日ほど開いてしまったけど、ネタが無いわけじゃあない。あるけど、書くのが追いつかないのだ。僕の日常にも、ブラウン管の中にも、国際社会にも、言及するべきことは無限にある。しかし書けない。書けないうちに、ネタはその鮮度を失ってしなびていく。かくしてネタストック用のメモにはインデックスばかりが溜まっていく。

 もう少し時間があれば、いくらでも書けるのに! とも思うが、そういえば時間ばかり余っていた学生時代は確かにいくらでも書いていた。おんなじ制服時代、私服に憧れてた。しかし時間をかければある程度良いものができるのは物の道理で、時間をかけないでどれだけのクリエイティビティが発揮できるか、というところに、その人間の真価が現われるのかもしれない。

 大忙しの音楽プロデューサーなんかは、曲の原案を考えたらあとは人に任せてしまうらしい。日記にもアレンジャーがいればいいのに。でもそれじゃ楽しくないか……。と、ここまで考えて思ったんだけど、僕はどちらかというとアレンジャー向きの人間な気がする。推敲したり編集したりする方が書くこと自体より楽しい。そこで新企画「あなたの日記をアレンジします」をします! …とは行かないのが、時間がない身のつらいところ。

 今日のような文章は、10分で書ける「更新のためにする更新」の文章なので、「書くこと」のうちには入らない。けど、それでも書く意義はあると思っている。 こういう更新を楔(くさび)の更新と呼びます。

抱負

2003年1月10日 金曜日

年が明ければ誰しも抱負や目標を心に抱き、表明する。ご多分にもれず平凡人であるぼくもまた心に平平凡凡と何事かを抱き決意新たに新年を迎え、3通しか来なかった年賀状を意気盛んに本のしおりに挟んだのであった。

さりとて今ぼくがやりたい事、やろうとしている事は、どれもこれも現在の自分の能力を僅かに上回っている気がする。公私、ネッ現、共にである。

しかしながら、おそらく常に少しずつでも限界に挑戦するくらいの意識を持つ者でないと、成長も成功も手にすることは叶わないのだろうなと思う。そう、まずは無理して背伸びからだ。
(と思いながら今日もただただ酒をかっくらって寝るのである。明日から。明日こそ!)

目標を立てることの最大の効能は、達成した後の自己を夢想できることにある。そして、多くの場合人はそれだけである程度満足できてしまうのだ。

背伸びでも脚立でも、とにかくそこにかじりついてしまえば。

変革する自我

2003年1月9日 木曜日

現在の私は、何よりも私自身と自身を取り巻く環境との変革を望んでいる。
ここしばらく、当サイト上において何度と無く変化、変革について書き綴ってきたのだが、それらはとりもなおさず自己愛と自己言及、自己暗示と願望の投影に他ならないのではないか、との疑念が拭えない。無論実際に現実世界や他の個人サイト上に散見される変化の意思は、それらが実際に顕現しているものである、と私は信じて疑わないのであるが、ひょっとすると変革を志す自我による無意識のフィルタリングが、目にする情報の中から自分に都合の良い断片を選び取っているだけかもしれない、という疑念に起因する不安を感じているのが今の私なのである。

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