のの
Kyuujyuu Kyuu Shiki

すべての(フエト)のために

 クリスマスは家族で過ごすのが我が家の習慣だった。それは洋風、言わば本式のクリスマスと言う事になる。毎年、僕はたとえ女のコとデートをしても、ディナーは家族と一緒にできるように家に帰っていた。
 しかし今年はどこかおかしい。
 まず、両親がいない。2人とも、町内会のくじびきだか何だかを当ててしまい、3日前からタヒチにいる。おかげで僕は3日間もカレーを食い続けている。次に、僕に彼女がいない。まぁ些細な事ではあるし、余計な出費が無くて済むと考えればいい。
 しかしきわめつけは、妹がおかしい事だ。どうも、クリスマスの約束があるらしい。

 しかも、お泊りのつもりのようだ。

 僕はソファーで煙草をふかしながら、あわただしくお出かけの準備をしている妹をぼんやりと目で追っていた。どうやら時間がないらしく、パタパタとスリッパの音が行ったり来たりしている。誰に似たんだか、普段から寝坊と遅刻ばかりしている。今日の仕事は生放送なので、遅れるとまずいのだろう。

「あれ?ゆきかなぁ〜」
 言われて僕も窓の外を見てみると、すっかり暗くなった空からちらほらと粉が舞い、街灯を中心に白い光の輪ができあがっている。
 やっぱり。出来損ないの妄想じゃあるまいし、クリスマスに東京で雪が降るなんてありえない。今年はやはりどこかおかしい。

「わーーい、いぇーい!雪だーわーい!」
 無邪気に喜ぶものだ。
「まるで小学生だな。」
と僕は口に出してみた。妹はきゅっと唇をとがらせて、
「どーせ、ののは子供だもーんだ!」と僕をにらんだ。
 そうだ。子供だ。だけど…。
 7時からの仕事が終わってから、家に帰らずに誰かと会うらしい。そう、妹だって、いつまでも子供ではないのだ。しかし理屈では解っていたつもりでも、こうして実際につきつけられると、あまりに重い事実だった。
 大人と子供が同居する瞬間。僕にもそういう年齢はあった。おそらく。多分。
「…ねぇ」
 ぼんやり物思いに沈んでいた僕は、妹が呼んでいるのに気付かなかった。妹は茶色いオーバーオールの上にフード付きのコートを着て、ボタンをかけながらこっちを見ていた。
「くるまで送ってってよ。雪ふってるし。」
「駅までだぞ。」僕はため息を付いてソファから立ち上がった。
「えー。」

 僕らは玄関のドアから車まで歩いたちょっとの間に付いた雪をはらい、車に乗りこんだ。エンジンをかけ、車を動かすと、カーステレオからはJackson Fiveの"アイ・ソー・マミー・キッシング・サンタクロース"が流れてきた。
「あ、わたしこれ歌った事あるよ!」
 妹はウキウキした様子で、曲に日本語詩を重ねて歌い出した。

ママはよりそいながら やさしくキッスして
とてもうれしそうに おはなししてる
  
 でもそのサンタはパパ

「お前それ、何持ってんの。」
 僕はハンドルを握りながら、横目で助手席に聞いた。
「これ?プレゼントにきまってんじゃん。交換するんだ。てへへ」
 妹は八重歯を見せてにっこりと笑った。
 やれやれ。

「いつ帰ってくんの?」
 僕はつとめて平静を装いながら訊いてみた。少し声がかすれた。
「えー?うーん…。明日のおひるくらいかなぁ。」
 僕が返答につまっていると、車は駅についてしまった。それじゃ行ってくるね、妹はそう言って足早に車を降り、白い息をはずませて駆けて行った。明日のおひる、だと…?
 夕暮れの駅前はそろそろイルミネーションでライトアップされ始め、恋人達や家族連れが幸せそうにそぞろ歩いている。
 後ろの車にクラクションを鳴らされ、僕は我に帰った。付けっぱなしのカーステレオからは、また次のクリスマスソングが流れてきた。

ゆっくりと12月のあかりが灯りはじめ
慌ただしく踊る街を 誰もが好きになる

   

 手をつないでいられる時間には、必ず終わりが来る。時の流れは、人の気持ちは、誰にも止める事ができない。
 家に帰ると、僕はパソコンをいじって、何通かのメールに目を通し、それから本を少し読んだ。いつもと変わらない生活だ。
 空腹に気付いた僕は、一人でテーブルを作った。今日のカレーには、タンドリーチキンを入れた。3日もカレーを食べつづければ、少しは変化も欲しくなるってもんだ。
「いっただっきまーーっす!」
 叫んでも一人。

 なんかビデオでも見るか。僕はビデオラックの奥の奥から、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』を取りだした。この季節になるとなんとなくこれが見たくなる。その時、ふと横に置いてある紙包みが目に止まった。
 ああ、すっかり忘れていた。妹にやろうと思って町田の小田急で買っておいた、DAISY LOVERSのマフラーだった。僕はそれを拾い上げてしばらく眺めていたが、ゴミ箱に向けて放り投げた。紙袋は、ごみ箱の縁にぶつかって床に転がった。

 僕はソファに寝転がって映画を見始めた。ジャックの姿が、無性にうら寂しく見えた。僕とジャックは一緒だ。華やかなクリスマスに憧れても、受け入れられず独りぼっちになってしまうんだ…。
 しかし、ジャックにはサリーがいる。僕には誰もいない。
「フィン、フィン…」
 足元でマロンが鳴いた。そうか、お前がいるな。
 僕はビデオを一時停止させると、マロンにペティグリーチャムの缶を開けてやり、自分にはワインを開ける事にして、床下に取りに行った。1人でシャンパンを開けるのは勿体無いが、一応気分という事で、発泡性ロゼのマテウスを選んだ。グラスとボトルをテーブルに置き、ビデオのリモコンを手に取った時、玄関のチャイムがなった。誰だ?こんな時間に。時計の針は、もう12時を回っていた。

 不審に思いながらドアを開けると、寒風と共に粉雪が吹きこんで来た。

 妹が立っていた。

「かえってきちゃった。」
 妹はドアを閉めると、フードをぱふぱふと動かして雪を落とした。僕はAAのようにポカーンと口を開けていた。妹はそんな僕の横を通りぬけて全身の雪を払い落とし、靴を脱いでウサギのスリッパに履き替えた。
「なにしてんの?」
「か、帰って来たって一体どこから!?電車終わってんだろ?」
 やっと声が出せるようになった僕は勢い込んで妹を問い詰めた。
「リカちゃんちだよ。タクシーでかえってきちゃった。」
 なんだ、リカちゃん家か…。そっかそっか。僕は何とも言いようのない安堵感に包まれた。
 リカちゃん家ね…なぁんだ。…えぇっ!?リカちゃん家からタクシー!?
「お、オマエ、金は?」リカちゃん家からここまではそれなりの距離だ。
「払ってないよ。そんなにもってないもん。そこの角でまってもらってる。」
 自慢じゃないが、金なら僕も相当無い。
 そして僕の財布は、空になった。


 妹は小さな箱を持っていた。
「ケーキだよ!」
 箱の中には、3切れのケーキが入ってきた。どうやら一つタクシーの中で食べてしまったらしい事は、妹の鼻に付着したクリームで解ったが、僕は黙っていた。

「オマエ、何で帰って来たの?」
「んー。あっちはみんないて楽しかったんらけどー。」
「うん。」
「……。」
 ややあってから、妹は僕のほうを見ないでぽつりぽつりとつぶやくように言った。
「お兄ちゃんは、ひとりで、さみしくないかなぁ…とおもって。」
 僕はふいに胸を締め付けられるような感覚に襲われたが、なんとかそれを抑えて言った。
「バーカ。大きなお世話だ。」
 妹は表情を固くしてさっと振り向いたが、僕が笑っているのを見て、にっこりと歯を見せて微笑んだ。
 それで僕はなんだかたまらなくなって、妹のほっぺたをぷにぷにとつねった。妹はてへへ、と笑った。

 それから僕たちは、ワインとファンタ・グレープで乾杯した。
「メリークリスマス」
 最初から見たいというので、ビデオを巻き戻して2人で見た。ジャックのプレゼントが子供を追いかける所できゃあきゃあ楽しそうに笑っていたが、しばらくすると静かになった。ジャックとサリーが満月をバックに抱き合うシーンで、ことり、と僕の肩に頭が乗った。
 顔をのぞきこむと、妹は寝ていた。もう2時だ、しょうがない。僕は妹を起こさないようにそっとソファからどいて、毛布をかけてやった。

 それから少し考えて、床に転がった紙袋を破り、ピンク色のマフラーを取り出して、首にかけてやった。

 僕はソファの横にイスを持ってくると、2本目のワインを開け、引っ張り出してきたジミー・スミスに針を落とした。暖かいオルガンの音がじんわりと部屋に広がり、僕は妹の寝顔にそっとつぶやいた。

 …メリークリスマス

I'm dreaming of a white Christmas
Just like the ones I used to know
Where the tree tops glisten and children listen
To hear sleighbells in the snow

聖なる鐘が鳴りひびく夜
この恋よ 未来まで続けと
願うから

聖なる鐘よひびけ Oh my wish
勇気に包まれて May love last Forever!
2001年 12月24日(月)
ののちゃん 凄い勢いで一般読者層を置いて行く99式。
(゚д゚)ポカーンという顔が見えるようです。
すいません。イブには奇跡が起こるのです。
そして、奇跡とは自分で掴み取る物なのだ!
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