ささのはさらさら

「お兄ちゃん、迎えに来て」
 妹からの電話を受けたのは、僕がカシャカシャとPCで遊んでいる時だった。
「…どこまで?」
「天王洲。」
「よっしゃ解った。…っておまえなぁ。それスタジオまで来いって事か。せめて品川あたりまで来いよ。」
「1人で電車乗るのこわいらもん…ってウソだぴょーん。駅まで帰ってきたよ。」
「じゃぁ歩いて帰って来いよ。」
「だってぇー。もう暗いし…。」
 僕は受話器を顔から離して溜め息をついた。


 会社帰りの勤め人とすれちがいながら駅前まで歩いて行くと、ののはガードレールに腰掛けて僕を待っていた。
「もーう。遅いぞー。」
 青い帽子を目深にかぶっているとは言え、良く気付かれないものだな、と思って辺りを見まわした。今日は盗撮カメラマンはいなさそうだ。
「迎えに来てもらって文句言うな。さ、帰るぞ。」
 ののはガードレールからぴょこんと降りて、先に歩き出した僕の後について来た。
「ねーねー。今日は七夕なんだよ。」
「ん?あぁ…そうだな。」
「おりひめとひこぼしが、1年に1回だけ会える日なんだよ。」

 通り道にある商店街のアーケードに、3m位の七夕竹が置いてあった。横には小さな机があり、短冊と鉛筆が置いてあった。
「あ。ねぇ、お願いごと書こうー書こうー書こうー。」
のの  僕はののに引っ張られるようにして、竹の前に立った。近くで見ると、結構な数の短冊が結び付けてある。この短冊の数だけ、人間の具体的な願い事があるんだなと思うと、なんだか不思議な心持ちがした。しかし牽牛も、自分が恋人と1年に1回会えるか会えないかって時に、浮世の人間の願い事を叶えてやる余裕なんてあるのかねぇ。
 そんな事をつらつら考えていたら、妹の声で我に帰った。
 「……ぇ…ねぇってば。お兄ちゃんも書きなよ。」
「え?あ・あぁ、お前もう書いたの?どれどれ…」
「らめー。お兄ちゃんも書くの!」
 ののはサッと両手で自分の短冊を胸に抱えこんだ。
 やれやれ。僕も短冊と鉛筆を手に取り、しばし考えこんだ。

 この幸せが、いつまでも続きますように。

 駄目だ。そんな事書けるか!無理無理。
 結局僕は「10人祭りが一位をとれますように」と書いて笹に結び付けた。ののはそれを覗きむと、「わーー。嬉しい!ちゃんと覚えてたんだねお兄ちゃん。」と叫んで抱き付いて来た。
「当たり前だろが。こら、ひっつくな。みんな見てるぞ。」
 僕はののをひっぺがしながら「そういうお前はなんて書いたんだ?」と短冊を見ようとすると、ののはさっと隠した。
「いいーの。何でもないの!」
「オイオイ、俺の見せたんだからいいだろ。」
僕はののの手から短冊をひょいと奪って、頭上に掲げてそれを読んだ。
「だめーー!だめーー!」ののはぴょんぴょん跳ねて奪り返そうとするが、この身長差では届かない。
 短冊には、「お兄ちゃんと、いろんなところに遊びに行けますよーに☆」と書いてあった。
「だ、だって…娘になってからののも忙しいし、お兄ちゃんも最近休みの日でも家にいないからぁ…」
 僕は胸の奥にじんわりと暖かいものが灯るのを感じたが、その灯が一体何なのか、どこから来たのか、全く解らないまま、頭の中が真っ白になってぼんやりと突っ立っていた。
「らから、きょうも、むかえに来てもらいたくて…」
 そう言って口ごもる妹に僕は何も言えず、頭に手を置いてくしゃくしゃと頭を撫でてやった。青い帽子が鼻の位置まで下がった。
「まえが見えないよぅー。」
 僕は短冊を一番高い所に結び付けると、振り向かずに「帰るぞ」と声をかけて歩き出した。ののは、たすき掛けにしたポシェットをぴょこぴょこ弾ませながら、慌てて付いて来た。
「10人祭り、売れるといいな。」
「うん!負けたくないもん。」
「わっしょいわっしょい。」と僕が呟くと、ののは嬉しそうに微笑んで僕の顔を見上げた。

「しかし、1年に1回しか会えないってのも、ナンギな話だよな。」
「うん、でもいいなぁ〜。ロマンちっくだよ。ののにも、いつかそーいうらぶらぶな相手が現れるのかなぁ。」
 僕は何も言わずに下を向いて歩を進めた。
「でも今日は曇ってるから、おりひめとひこぼしは、会えないのかなぁ〜?」
「雲の上、成層圏まで行けば空はいつでも晴れてるから大丈夫だよきっと。」
「ふぅ〜ん。」
 会話が途切れた。僕らは黙ったまま、並んで歩く。僕はさっきののが言った事を考えていた。らぶらぶな相手、か。そうか。色気より食い気だと思っていたけど、いつまでも子供じゃないんだよな…。
 ふと、ののが自分の腕を僕の左腕に絡ませてきた。すぐに人と腕を組むのは、昔から直らないクセの一つだ。 妹と腕を組んで歩くなんてちょっと恥ずかしいけど、今日はこのままにしておこう。
 昼間とはうってかわって涼しい風が、さっと吹きぬけて行く。
 ふと横顔を見ようとすると、目があった。その目がとても綺麗で、僕は空を見上げた。確かにあいにくの曇り空で星は見えない。
 けど、僕はそのままじっと空を見上げて歩いた。かけがえのないものを見つけた気がした、七夕の夜の空。僕だけの星。


 どこからか甘い匂いが漂ってきた。
「あー!べびーかすてらだ!」
 匂いの漂ってくる先には、屋台があった。 ののは、ねぇいいでしょ?とばかりに僕の顔をキラキラとした瞳で見上げてくる。
「一つだけだぞ。」
 ののの顔がパッと輝いた。
 やっぱりまだまだ子供、だな。僕はなんだかちょっとほっとして微笑みながら、駆けて行く妹の後姿を追った。



…なんちってなんちってあひゃひゃはhwやはひゃはやあワッショイワッショイ!(誰か止めてください。)
 今日、いてもたってもいられなくてとうとう財布を握り締めて、夜の12時にTSUTAYAに行きまして、10人祭り「ダンシング!夏祭り」買ってきました。どうせ三人も7人もいずれ買うんだろうけど、堪えて10人だけを買いました。何故ならば、少しでも売上に貢献し応援するため…!(阿呆です。解ってます。)負けるなののちゃん。 2001年7月7日(土)
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