遅刻考

2001年11月16日 金曜日

人は何故遅刻するのか。
遅刻。なるべくならしたくない、されたくない、人類の3大悪徳の1つがこれです。
我々が動物から人間になり「時間」の概念が発生した時から、「待ち合わせ」という合理的行動が可能になり、それと表裏一体の関係として「遅刻」という悪徳が誕生しました。

待ち合わせ。おそらく原始の時代には、日付指定(例:太陽が3回昇ったら)、もしくはせいぜいが1日を3つに区切った指定(例:太陽が真上に来る頃)だったのだろうと想像できますが、近代になって「時計」という忌わしい機械が発明された時には、そんな牧歌的な待ち合わせ風景は駆逐されることとなりました。

時は金なり。発達した経済システムにおいては、時間とは労働時間、金に換算されるべきものです。つまり「遅刻」とは相手の貴重な時間を全く無駄に消費させる大罪となっているのです。準傷害罪、もしくは準窃盗罪として裁かれる世界があってもなんら不思議ではないくらいです。

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遅刻のメカニズム。意外と意識されていない事ですが、「目的地が遠い」といった地理的・物理的要因は、遅刻の直接原因ではありません。例を上げますと、僕は小学生の頃、クラス中で最も近い場所に住居を構えていながら、遅刻の回数はクラス中で最も多かった、という事実があります。(これを持って「証明」とするには明らかに、あまりにもデータ不足ですが、まぁ一例と言う事で。)

「納期の納期」や「しめ切りのしめ切り」のように、何らかの業務に携わる人は大抵、最終期限の少し前に自分の中での、あるいは自分達の中での期限を設定する傾向があります。これは期限に必ず間に合わせる為の予防線、目的完遂の為に合理化された行動です。同じように、待ち合わせ場所に趣く場合、人は「○時○分に家を出よう」と考えています。
遅刻常習者は、この所要時間の設定を見誤る傾向があります。さらに驚いた事には、この「待ち合わせに間に合わせる為の時間設定」のそのまた上に「待ち合わせに間に合わせる為の時間設定、の為の時間設定」を無意識の内に設定してしまう場合もあります。

とりあえず、もう家を出なければ間に合わない時間が来てしまったので、今日の日記は終わります。
遅刻の理由は、「ごめん日記書いてた」です。(^0^)v


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