Alls well that ends well

2002年4月11日 木曜日

 物事には全て、始まりがあれば終わりがある。
 シェイクスピアに『Alls well that ends well』という作品がある。これを日本語に訳したものが「終わり良ければすべて良し」だ。
 しかし、良く終わるというのはなかなか難しい。

 例えば、少年漫画の世界で名作と名高い『ドラゴンボール』。僕は個人的にはあの漫画はピッコロを倒したところで(せいぜいフリーザを倒した所までで)作品として完全に「終わって」いると思う。*1しかし読者の声だか編集部の要請だかで、ダラダラと描き続けることになり、その後は全くグダグダになってしまった。
 『北斗の拳』もそうだった。あの作品は、ラオウとの因縁の対決が決着したところで終わらせるべきだった。その後のカイオウだかなんだかのグダグダっぷりも周知の通り。

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 最近、僕の周囲のサイト作者によるインターネットラジオがブームの兆しを見せている。そのどれもが面白く*2、誰かがやるとなるとついつい聴いてしまうのだが、これも終わりどころを見定めるのが難しい。No1DJとして人気を博した岩倉も、5時間も喋り続けてとうとう飽きてしまったようだ。*3あまり長くなると、やっている方も聴いている方も、共に疲れるし、飽きる。通常ラジオ番組は放送時間がきちっと区切られているから良いのだ。「笑っていいとも」のテレフォンショッキングだって、「ではそろそろお友達を…」と言った時の「えーー!」をマトモに相手して、「じゃあもっと喋りましょう」となったら、それこそ「えーーーっ!?」である。
 
 アルヲメモというサイトが終わった。今まで言及する機会を失していたが、実はこのサイトはかなり愛読していた。もともとは中堅テキスレ派生のリンク集サイトだったが、やがてテキスレを中心として色々なテキスト界隈の事象を研究し始め、その丁寧な記述は見習うべきところも多かった。(余談だが、彼をして「沈着冷静」という評が定着しているが、僕はむしろ熱情を抑え、内に秘めて書かれた文章にも見えたりする。そんな所も好きだったかな)
 次にアルヲメモはテキスト関連言及を止め、件の法案専門サイトに生まれ変わり、今までのテキスト関連文章は第三者に譲渡してしまった。これは誰にでも出来る事ではない。自分が手間暇かけて仕上げ、人に評価されたモノをスッと捨てる。大抵、人は自分が今まで築いたものに対してどうしても執着心が生まれてしまうものである。それがたかがウェブサイト如きであっても。
 しかし彼は引き際、「終わり所」を心得ている人なのだろう。一時は人々に支持されていたのに、失敗を犯したり衰退したりして、醜態を衆目に晒すサイトが多い昨今、こういう惜しまれつつの閉鎖は見習うべきであろう。山口百恵やムーノーローカルもこのタイプの人間だった。
 僕はまだまだウペクシャーの境地に達することが出来ていない。あと10年くらい更新し続けたら見えるのだろうか。

 そして、終わり所と言えば、1つ許せないものがある。
 木曜日が休みなのは実に久しぶりの事なので、僕は夜10時に喜び勇んでラジオの前に座った。当然、矢口真里のANNSを聴くためである。 すると、ラジオから聞こえてきたのは野球の延長放送だったのだ!
 おい、ふざけてんのか。オイ。 ANNSは生放送だ。つまり、矢口さんはいつもの半分以下のリスナー(地方+ネット放送)しか聴いていなくとも、普段通り喋っているんだぞ?それがどんなに辛くさびしい事か、オマエら解ってんのか?
 野球も9回で終わらなかったら、サッカーのようにサドンデス方式にするべきである。ホームランレースやって、先にホームラン出した方が勝ちとか。


(注1:あの漫画は、ドラゴンボール篇、ピッコロ大魔王篇、宇宙篇(サイヤ人篇+ナメック星篇)、人造人間篇の3つに分け、続きモノの別作品として考えるべきだと思う)
(注2:僕以外の人のは面白いです)
(注3:岩倉は日記も長い事で有名。やはりラジオ内容とサイトには共通するものがある。 しかし岩倉ジオは純粋に面白いので、週イチ1時間くらいで続けてほしいなあと思う。)


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