お菓子はいつでもシャイだから

2004年2月14日 土曜日

「宮川くんっ。」

 昼休み、階段のところで他のクラスの女子に呼び止められた。

「あの、これ……。」

 どうやらチョコレートのようだ。俺は対して面白くもなさそうな表情を作ってそれを受け取った。

「木下くんに渡しておいて!」

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 ほら来た。やっぱりな。勘違いして、あ、あ、ありがとう、とかキモいことを口走らなくて良かった。木下健介ってのは俺の親友なんだけど、サッカー部でエースストライカーで、成績も良くて顔もいい、というほとんど反則のような奴だ。俺は対照的に、スポーツはやらないし、授業はサボるし顔は十人並み、特にとりえのないサエない男だ。

 今日はバレンタイン・デー。こうしてチョコレートを渡されるのは3個目だ。全部ケンスケのだけど。俺は奴のマネージャーかっての。

 どうして日本にはこんな残酷な日があるんだろう。この日は全校男子が差別階級と被差別階級とにくっきり分けられる。モテるものとモテざるものだ。今日は学校をサボろうかとも思ったけど、何だかそれも意識しすぎてるみたいで格好悪いし、万が一ってこともある。

 さっき渡されたチョコレートを持て余していると、5時間目の始業チャイムが鳴った。生徒達が教室に吸い込まれていく。

「宮川ぁー。」

宮川ぁー。 2−Bの教室に戻ろうとしたところで、今度は黒田に呼び止められた。黒田美音子。俺の幼なじみ。小学校の頃は「ネコ」のあだ名で呼んでたけど、中学になってからは何だか恥ずかしいので、黒田と呼ぶようにしている。

「なんだよ黒田。A組は、実験教室に移動だろ。」

 振り返った俺の手にあるチョコをチラリと見て、黒田は何かをさっと後ろに隠した。

「へぇーっ。あんたもチョコなんてもらえるんだ。」目を丸くして驚く黒田。

「いや、これは……。」

「ふーんふーん、あっそう良かったね、じゃねバイバイ!」

 黒田はトゲトゲしく言い残すと、きびすを返して廊下を走っていった。それっきり一日中見かけることはなかった。

「ほらよ。」

 ケンスケの席に、さっき渡されたチョコレートを放ってやった。

「なんだよユージ。男同士でそんな……。」

「お前、そのボケ3回目。つまんねーよ。」

 悪い悪い、とおどける顔が実に嬉しそうで、改めて腹が立ってきた。

「お前はいくつもらった?」

「5千個くらい。」

 5千個か、はははそいつはいいや、と笑うケンスケにヘッドロックを決めたところで、先生が来た。なんでこんな奴が親友なんだ。理不尽だ。

 ああ、小学校の頃は俺も黒田にチョコをもらったりしたっけ。本当は今日もちょっとだけ期待していたんだけど。

 帰りのHRが終わると、帰宅部の俺は掃除当番をサボってさっさと帰ることにした。だらだらと教室に残ってたりしたら、何かを期待してるみたいで格好悪い。

 夕暮れの土手を歩いていると、遠くから陸上部の掛け声が近づいてきた。ファイ、オー、ファイ、オー。道の端によって、後ろから来たジャージ軍団をやり過ごすと、何メートルか前を歩く黒田に気がついた。けど、別に声はかけない。黒田がちらりとこちらを振り返った。そのまま俺たちは無言でしばらく歩いた。夕陽が水面にキラキラと反射して眩しかった。自転車が2台通り過ぎた。

「ちょっと、何でついて来んのよ!」

 黒田が振り返った。

「だって俺んちもそっちだもん。」

 黒田はフン、と鼻を鳴らしてまた歩き出した。

「なぁ、何怒ってんだよさっきから。」

「別に!」

 噛み付きそうな返事だ。俺たちはまた黙ってしばらく歩いた。黒田がもう一度振り向いて、目が合った。「いーーっ、だ。」 小学生かよ。ジョギングしている外人とすれちがった。

 何で怒ってるのか、なんとなく見当はついていた。

「俺見ちゃったんだけどさ、ひょっとしてお前もケンスケにチョコレートあげたかったんだろ?」

 ピタリと黒田の足が止まった。

「あいつ部活やってるからさ、まだ学校にいるぞ。渡しといてやろうか?」

あんたってホントにバカだよね! 黒田はキッと振り返ると、ツカツカと俺の前まで歩いてきた。川面から流れる風が、きれいに揃った前髪を揺らした。

「あんたってホントにバカだよね!」

「は? おいネコ、何怒ってんのか知らないけど、俺だって……。」

 ネコはカバンからピンク色の小箱を取り出すと、ドン、と乱暴に俺の胸に押し当てた。

「根性ないくせに、優しくすんなよ!」

 言い返す間もなく、ネコはパタパタと走っていった。と思ったら1度立ち止まって振り返った。

「ばーーーか!」

 憎々しげに叫ぶと、今度は振り返らずに走っていった。

「お、おいこれ……。」

 あとにはチョコレートを持ったまま呆然と立ち尽くす俺が残された。

「全く、しょうがないヤツだな。」

 ちょっと、いや大分シャクだけど、帰りに健介の家のポストにでも放り込んでおいてやるか。畜生。なんだこの役回りは。なんで俺なんだ。なんでこんな胸が痛いんだよ、畜生。

 ピンクの箱をカバンにしまおうとしたら、カサリと何かが落ちた。拾いあげてみると、それはメッセージカードだった。読むつもりはなかったけど、カードの表にサインペンで書いただけだったから、目に入ってしまったんだ。

♡宮川へ♡

どうせ誰にももらえないだろうから、

やさしぃ〜わたしがあげるよo

手作りだけど、ギリだからね!

        ♡From N e c o ♡

 体のどっかでズキュンって音がした。俺はしばらくぼんやり突っ立っていた。3回くらい読み直してから、ポケットにしまった。俺は走り出した。何だかよくわからないけど、とにかく走った。胸の痛みは気にならなくなったけど、今度は苦しかった。なんだろう、ギューっと締め付けられるこの感覚。風邪かもしれない、今日は早めに寝ようと思った。


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