替え歌、コピペ道

2005年3月18日 金曜日

 先日「本サイトほったらかしで、mixiで日記を更新することに関する興味深い批判」として紹介した文章
■ 更新頻度の低下について、殆どの場合ダイアラーがmixiの更新ばかりしてダイアリーを放置している為だと分かった。 (準決勝)
には、元ネタがあった。

 それがこちら。更新頻度が明らかに低下した絵師サイトについて<不名誉なリンク集>
 イラストサイトの人が書いた文章だった。
 いや、元ネタというかこれ……。コピペじゃないですか。パクリとまでは言いませんが。知らずにマジ言及してしまった。でもこのオリジナル文、絵師界隈ではそれなりに話題になったのかもしれないけど、吉牛とか25歳金無し君とかみたいに有名なWEB文章ってわけじゃないし、何の説明もなしにいきなりコピペされてもわからないよ……。一応引用タグで囲まれてるとはいえ。そもそも説明がない上に、ほとんどそのままだし、コピペ改変としてのひねりや面白さ(意味のすり替え、感覚のズレからくる笑い、など)があるわけでもないしで、全く評価できない。

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 ではここでコピペについて考えてみます。
 コピペネタを成立させるためには、いくつかの条件があります。

コピペ改変芸の三か条

・読み手が元ネタ文を知っている
・言葉をすり替えることによって意味や性格が変わる
・全体としての構成は保持されている

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元ココナッツ娘。のレフアさん これは替え歌やモノマネにも通じることですが、まず読み手が元ネタを知ってることは大前提です。五木ひろしのモノマネならいきなりやっても通じますが、レフア・サンボのモノマネを何の説明もなくやっても解る人は少ないでしょう。そのため、“説明不要なくらい有名なものを元ネタにする”か“元ネタを説明してから始める”ことが必要です。この点、<準決勝>は“有名でないものを説明なしに”ネタにしているのでアウトになります。(説明してから始めるのは粋じゃないし、分かる人にだけ伝われば良いというスタンスや、オリジナルと勘違いされてもそれはそれで構わない、というケースもあるんですが)

 次に、それがコピペならではの面白さがあることが重要です。例えば吉野家コピペでも、行列になっているのがどこか、家族連れがオーダーするのは何か、といった部分で独創的な改変をすることによって笑いが生まれます。今回の<準決勝>のケースは、“絵師”が“ダイアラー”になっただけで、例えて言うなら、吉野家が松屋に変わっただけ、というレベルです。

 最後に、全体としての構成が保持されていることも要求されます。これは替え歌なんかだと特に顕著で、改変のみに気を取られて歌としての尺があってない、字余り字足らずになったりするともう駄目です。<準決勝>はここをクリアしているものの、ほとんど改変してないのですから当たり前とも言えます。工夫といえば、晒し上げリンクの部分を全部自分にして、自虐で落としたくらいでしょうか。

 以上の観点から、準決勝のコピペはまさに不名誉なコピペであると断じなくてはなりません。
 決して、ネタにマジレス、不名誉な言及をしてしまった恥ずかしさから、照れ隠しでブチ切れているわけではありません。ええ、ええ。


この記事の評価は:

うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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コメント / トラックバック 2 件

  1. 手裏剣 Says:

    岩倉さんもそうなんですか?

  2. 宮本 Says:

    そういえば『いち帝』もめっきり更新頻度が減ってますね。かと言ってmixi三昧ってわけでもなく、大学に行ってる様子もなく。
    多分、病気の親や幼い弟妹を養うために、日夜新聞配達したり道路工事したりしてるんだと思います。あとはゲームとか。

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