空手ニンジャ一代(3) 昇級審査(下)

2005年4月19日 火曜日

 (あらすじ。空手の昇級審査当日。午前の型審査でミスをしてしまた宮本は、午後の自由組手に全てをかける!)

 この日、白帯から昇級試験を受けるのは、僕ともうひとりしかいなかった。そいつはボウズ頭の外人で、さながらミルコ・クロコップのような風貌のゴッツいやつだった。
「ワタシ、国ではキックボクシンやってましたでも、日本に来て、カラーテ楽しいですネー!」
 おお、なんだか嬉しいねえ。とにこやかに談笑していたのもつかの間、大事なことを思い出した。

 昇級審査には自由組手が含まれる。

 自由組手とは、要するに空手の試合である。そして、自由組手の相手は同レベルの受験者同士になる。すると、俺の、相手は、この偽ミルコ? 見たとこ180cmはあるし、階級が違うんじゃないのか!

 拳サポーター(オープンフィンガーグローブのようなもの)をバッグに取りにいくと、携帯がメールの着信を知らせて光っていた。見てみると、たまたま今日のことを知っている女の子からの激励メールだった。男とは単純なもので、こんな些細なことで勇気付けられてしまったりもするのだった。よーし、いっちょやってみっか。

 しかし、いよいよ組手が始まる段階になって、さらに予想外の展開。
「ワタシ、さっきのテストで足くじきましたノデ、キケンですネ」
 ミルコ、欠場。やった! と喜びいさんだのもつかの間、今回審査を受ける白帯は僕とミルコの2人しかいない。ということは僕の相手は……?

 審査は、試合形式の紅白戦で行なわれた。組手の審査を受ける6名は、3名ずつ左右に分かれた。僕の対面にいるのは185cmの巨漢。おいおい、さらに階級上がってんじゃんよ……。しかも4級、紫帯。

「宮本さん、気をつけてください。あの人の蹴りを食らうと場外まで吹っ飛ばされますよ。」
 同門のOさん2段が忠告してくれた。しかし、不思議と恐怖感はなかった。むしろ、しびれるような高揚感が僕を支配していた。ああ、何かに似てるな、この感覚は。……思い出した。高校生の頃、バーチャ4の大会に出場したときの感覚だ。あのときと同じだぁ…。だったらイケるぜ!(柴千春) そうだ、格ゲーと同じだ。相手の攻撃をかわして、自分の攻撃を当てればいいんだ。

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 そうと解ればこっちのものだ。何だか楽しくなってきた。会場の観衆も相手も、白帯の初心者があっという間にやられると思っているだろう。ひと泡吹かせてやるには最適のお膳立てだ。

 数々の修羅場を(バーチャで)くぐってきた僕には、こういう場合の相手の心理が手に取るように解る。中級者と一番食い合わせが悪いのは初心者だ。初心者は、なにをやってくるか全く読めない。有り得ないタイミングで繰り出してくる大技を出してきたりもする。だから、中級者が初心者と対峙するときは、性能の良い技や早い技を使って、一気にカタを付けようとする。逆に言うと勝ちを焦っている、そこがこちらの付け込むポイントでもあるわけだ。

「両者前へっ! 始めっ!」

 ドン!
 太鼓が鳴り響き、素早く構える。
 まずは足を使い、お互い相手を値踏みするように旋回する。
 ここは先手必勝だ。
 斜めに踏み込み、上段から中段のワンツーを繰り出す。
 が、あっさりいなされてしまった。というか届いていない。
 相手の圧力に負けて踏み込みが浅くなっていたようだ。
 かつて新選組の土方歳三は、「柄で斬るつもりで踏み込め」と語ったと言う。
 次は意識的に深く踏み込んで右の中段逆突きを繰り出した。
 と同時に相手も中段突きを繰り出してきた。
 いや、狙われた。
 カウンターだ!
 僕の突きは相手に到達する前に払われたが、大きく右腕を伸ばした格好の僕は体が開いていたため、相手の突きも肩口のあたりにそれた。
「続行!」

 だが、どうやらまだ相手は僕を白帯と舐めてかかっているようだ。
 今の内に驚かしてやろう。
「始め!」
 開始と同時に間合いを半歩詰め、僕は左前足で踏み切り、跳んだ。
 跳び後ろ蹴り、ローリングソバットだ。
 これは相手にとっても予想外の動きだったようだが、さすがにバックステップでかわされた。
 相手は着地際のスキを狙って踏み込んできた。
 しかし僕は、一撃目は外れてもともと、コンビネーションで出すつもりだった。
 相手が面食らって、踏み込みがわずかに遅れたのも幸いした。
「えい!」
 僕が着地と同時に出した左前蹴りは、相手の胸板にヒットしていた。
 ドッ…!
「赤、中段蹴り、有効!」

 会場が沸いた。
 これでもう一発有効打を入れれば勝てる。

 しかし、一本取られて相手の顔つきが変わった。
(まずいな…)
 じりじりと間合いを調節しながら僕は思った。
 もうさっきのような不用意なスキはできないだろう。
 それに、息が上がり始めていた。
 真剣勝負の3分間は、例えばなわとびでもしている3分間と、消耗の度合いが違う。
 しかも、頭部のプロテクターによって呼吸が阻害されている。
(早く決めなくては…)
 しかしそれは相手も同じ思いだろう、一気に間合いを詰めてきたかと思うと、正拳が連続で飛んで来た。
 それを辛くも受け流し、相手の横に回りこもうとすると、進路は右のミドルキックで遮られた。
「うりゃ!」
 ドン! 鈍い衝撃が左腕に走った。
 そのガードの硬直時間が解ける前に、相手の上段突きが僕の顔面を捉えた。
 パシィッ!
「白、上段突き、有効!」
 取り返された。これでイーブンだ。

「始めっ!」
 ミドルキックはなんとかブロックしたが、まだ左腕がしびれている。これをマジで食らったら大変なことになりそうだ。ガードも、3本防いだらもう腕が上がらなくなるだろう。
 これはかわすしかない。それか、踏み込んで間合いを殺す。
 次の回し蹴りが来た瞬間、踏み込んで相手の膝頭を抑えつつ、中段突きを叩き込んだ。
「イヤァーッ!」
 ドシッ!
……決まった!
 右手には確かな感触が残っている。
 しかし、号令がかからない。
 どうやら、ちょうど審判の死角に入っていたらしい。
 何てこった。これでとうとう相手を怒らせてしまった。
 スタミナももうもたないし、攻めの引き出しも残っていない。

 しかし、相手にももう余裕はなかった。
 決めることばかり考えて、技が大振りの雑な攻めになっている。
 僕は引き気味に守ることにした。
 体重の9割を後ろ足にかけ、前足のかかとを僅かに浮かせる。猫足立ちである。
 相手の右逆突きを巻き込み気味に払いつつ、カウンターのサイドキックが相手の胴をとらえた。
 パシッ!
「赤、中段蹴り有効!それまで!」
 ブルースリーに憧れて独習していた、サイドキックが役にたった。ありがとう、リー。

「お互いに、礼!」
 おい、あの白帯やるな…。ああ、いい動きだった…。そんな声が背後から聞こえてきた。
 会場は拍手に包まれていた。死闘を終えた僕を、偽ミルコが祝福してくれた。

 というわけで、審査には無事合格し、青帯を授かることができた。
 試合の行方を制したのは、経験の差だっただろうか。僕はバーチャファイターでは、地区大会で優勝するほどの腕前だった。空手は無級だったが、バーチャは4段だった、というわけだ。


この記事の評価は:

うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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コメント / トラックバック 6 件

  1. 匿名 Says:

    色帯取得おめでとうございます!
    これで忍者への道がまた一歩近づきましたね。
    空手の動作ってかっこいいですよね。他の格闘技とはまた違う様式美があって好きです。
    是非とも瓶切りや自然石割り、硬貨潰しができるようにがんばって…
    って流派違いですねw

  2. 宮本 Says:

    これでまた一歩、野望に近づいた!
    僕も空手の型が伝統芸能的な視点から好きだったので始めたんですが、意外と痛い稽古が多くて困ってます。伝統派なら型ばっかだろう、と思ったらそんなことありませんでした。
    とはいうものの頑張ります!九十九式超人追及編。

  3. どらねこ Says:

    おめでとうございます!
    メルもびっくりの蹴り炸裂ってところでしょうか?

  4. パチョレック石川梨華 Says:

    先週末の稽古で左足小指を骨折してしまいました。なんとも悲しすぎる展開です。ですが、負けじとがんがらねば。

  5. 宮本 Says:

    >>どらねこさん
    メルをイメージして思いきり蹴りました!

    >>パ石川さん
    は、早い! 骨折の場合は無理しないほうがいいですよ……。しばらく蹴り封印ですね。

  6. パチョレック石川梨華 Says:

    痛みに耐えてがんばります(蹴り以外)

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