
先日の話になるが、重篤状態にあったローマ法王ヨハネ・パウロ2世(84)が、バチカンの法王宮殿で逝去された。世界中のカトリック信徒が悲しみに濡れた。宗教の壁を乗り越えて、対話によって世界に平和をもたらそうと尽力した法王だった。世界で2番目に偉い人の死であるから、僕も頭を垂れてご冥福をお祈りする。
ちなみに1番に偉い人は誰かというと、もちろんわが国の天皇陛下である(逆とする説もある)。天皇陛下、ローマ法王、イギリス国王、この3者を指して“世界三大権威”という表現があるらしい。まぁ“世界三大美人”のようなもので、本当に日本以外でもこう言われているのか確証はないが、少なくともアメリカ大統領が白タイをつけて空港まで出迎えに行くのは、この3者だけだそうだ。
しかし国王は法王(教皇)や天皇、皇帝より位が下なので、英国王を外し、ローマ法王と天皇をあわせて“二大権威”とすることもあるらしい。
では一体彼らの、何をもってして“偉い”とするのだろうか。それは“無私の心”“無償の愛”なんじゃないかと、僕は考える。それは権威的な“偉さ”というより、むしろ“尊さ”の部類に入る。
彼らの尊さは、本質的に祈る存在、すなわち“司祭”であることに由来する。ローマ法王が偉大なのは、我欲を超越し、神と世界平和のために祈るからである。天皇陛下が尊いのは、生まれながらにして私心をお捨てになり、我ら臣民のため、大亜細亜の平和への祈りを捧げられるからである。
先日、3番目の存在を見た。 辻希美である。
彼女はいわゆる“権威”ではないが、間違いなく尊い。
4月4日昼のミュージカルのステージは最悪だった。ひっきりなしに叫び続ける悪質な加護ヲタが演技を邪魔し、過密スケジュールに肉体は悲鳴を上げる。(虫歯も痛かったらしい)精神的にも肉体的にも、限界点は近づいていた。
そこでとうとうトラブルが発生する。ミュージカル部分の歌が終わってステージからはけ、しばらく経って始まったミニコンサート部分に、辻の姿は無かった。不安そうな面持ちで舞台袖を気にしながら歌い続ける加護。辻は2曲目の途中から出てきた。誰もが胸をなでおろしたが、僕はあのときの辻の顔を一生忘れないだろう。彼女は、涙ぐんでいた。明らかに体調不良や何らかのトラブル(過呼吸とか)の影を漂わせつつも、しかし、彼女は力いっぱいの笑顔をきらめかせていたのだ。
10代の少女が
こんな過密スケジュールで、体調を壊さないほうがおかしい。本来ならあそこで取りやめにしても、一旦休止にしても良かったはずだ。しかし彼女はそれでも、ステージに戻ってきた。相棒の加護のために、そして僕たち観客のために。その瞬間の彼女の姿、祈りにも似た境地、無私の笑顔は、間違いなく世界で最も尊い存在だった。