S区にこんなBARがあったんだ
S区の繁華街で、土砂降りの夕立にあった。ちょうど雨宿りをしていた軒先に、BARの看板がある。時間は夜7時前か。雨が止むまでここでビールでも飲むのも悪くないかもしれない。
地下2階にある店内に入ると、カウンターが約10席、テーブル席が約20席と言った感じの、標準的な規模のBARだった。BGMがかなりの大音量で流れている。聞いた事のない日本語ポップスだ。カウンターには中年の男女が4人座り、マスターと思しき男性と会話をしている。
「…いらっしゃい。どぞ。」
一拍あってから手振りで示されたあたりのボックス席に腰を降ろす。するとなぜか、カウンターに座っていた40代の女性が立ち上がって近づいてきた。コースターを僕と連れの前に1枚ずつ置き、メニューを開いて「ご注文は?」。 驚いたことに彼女は店員だったらしい。
コースターは、何度も使いまわされてシミが付き、すりきれた紙コースターだった。
異様に遅い
「ノン・アルコールの
セックスオンザビーチと、
レモンハート・デメララのシングル、ロック。」
「え? え?」
「これと、これ。NAのカクテルと、デメララロック。」
「デメ…? は?」
一向に通じないので、この婦人は外国人なのだろうかといぶかしんだが、どうやらただ
単に店のメニューを知らないだけだった。
一抹の不安を覚えながら待っていると、
10分経っても運ばれてこない。決して注文が立て込んでいるわけではない。店内には、カウンターにいる3人の客と、もう一組の男女しかいないのだから。
カウンターの様子を伺ってみると、驚いたことに、先ほどまで例の婦人が座っていた場所に、
マスターと思しき男性が座ってカウンターの客と楽しそうに談笑しているではないか。この店は常連客を大事にする素晴らしいBARであることがうかがい知れる。
代わりに例の婦人がカウンターの中にいる。なんと、この店は、
店にある酒を知らない人間が、酒を作るのだ。しかし婦人は手を完全にとめて、カウンターの会話に参加している。おそらく全員でカクテルの作り方を相談しているのだろう。
間違ってる
15分が経つ前に、ようやくマスターと思しき男性によって運ばれてきた。
トレーにはタンブラーにキューブアイスで、無造作にマドラーが突き刺さったカクテルと、ショットグラスに入った茶色い液体が乗っている。
「えーっと…。バカルディの…。カクテル?」
「? 頼んでませんが。」
男性はカウンターに戻り、再確認してきた。
「ごめんごめん。レモンハートとカクテルね。」
カクテルはともかく、ロックとストレートは根本的に違う。
「ラムはストレートではなくロックで頼んだのですが。」
「え?ああ、そうなの?」
男性は僅かに顔をしかめ、戻っていった。この男性が次に戻ってくるのは5分後だった。この店では、
ショットグラスの酒をロックグラスに移すのに5分もかけるのだ。実に丁寧な店だ。
すいません
チェイサーは付いていなかった。スピリッツをストレートかロックで飲む場合、チェイサーとして水を供する店もあるが、そうでない店もある。ぼくはできれば水が欲しい。振り向いて、相変わらずカウンターの客と並んで話をしているマスターと思しき男性に声をかける。
「すいません」
「…すいません」
「…すいません!」
「…すいませんっ!!」
たった2メートルの距離なのに、声を限りに叫ぶまで、彼はぼくを無視していた。おそらく話の途中だったからだろう。彼は常連を心底大事にする、心優しきバーテンである。
「すいません。お水をいただけますか。」
とお願いすると
「ふーん…。いいよ。オーケイ。」 と返された。
客がお願いしているのにこの鷹揚さ。なんと
フランクでフレンドリーな店主だろうか。アメリカ映画の吹き替えかと思った。
そして運ばれてきたのは、メニューに
600円とされているボトルド・ウォーターだった。日本の店では、特別に指定されない限り、お冷や/お水と頼まれた場合はグラスに入った水をサービスするのが一般的である。しかしこの店はN.Yスタイルを標榜しているだけあって、さすがの本格派。客に水道水など飲ませない有料、いや優良店である。
ぼくは雨が止んだことを確認し、酒を飲み干した。
会計は3150円だった。ラムが700円、ミックスジュースが780円、水が5~700円。なんとこの店は、これほどの高品質なサービスで、チャージ料を500円しかとらないのだ。念のためレシートを要求すると「出ません」の一言。ぼくは満足した面持ちで店を後にした。もう2度と行くことはないだろう。
こんなBARはダメだ!
接客のスタイルやメニューに関しては、それぞれの店のポリシーがあるだろうから何も言わない。しかし、以下の3点に該当する飲食店は、どんなジャンルの店であってもぼくは評価できない。
・注文を間違える
・無意味に待たせる
・客に敬意を払わないこんな店が10年近くも営業していることが不思議でならない。恵まれた立地ゆえか。