1月の言葉

2005年2月2日 水曜日

●著作権改革論者は共産主義者 (1月8日 ビル・ゲイツ

今日の世界経済では、以前にも増して知的財産に信頼を置くものが増えてきたと言える。世界では共産主義者が前より減っている。それでも一部に現代の共産主義者のような人々がいて、さまざまな装いをまとって、ミュージシャンや映画製作者やソフトウェア制作者の動機となる報奨金を排除しようとしている。

現代日本の若者としてはピンとこない面もありますけど、アメリカで「共産主義者(コミュニスト)」というのは、日本でのかつての「右翼」よりも激しい、憎悪と侮蔑の言葉なんですね。

●彼らを「農協」と呼んでいきます (1月7日 竹田直樹

 恐らく日本人の過半数を占める彼らのことを、何と呼べばいいのか長らく考えていたのですが、帰郷中、ふと「農協」という単語が浮かびました。よって、本サイトでは、人の話を微塵も聞かず、自分のことばかりを考え、それを隠そうともせず、露骨に色欲を放出させ、他人を利用することを屁とも思わず、責任回避に全身全霊を尽くし、今もって身分制度に忠実な彼らを、「農協」と呼んでいきます。

人の話を聴かず(略)な人たちの新しい通称。確かにこういう人は農村部を中心に相当数生息していますね。都心部でも目撃することがあります。

●合コンとかは困ります。大事な娘達なんでね。 (1月16日 つんく♂

記者会見、見ましたよ。モーニング娘。と合コンしたいと。社長OK出したでしょ!? 困りますよ。

合コンはちょっと勘弁してもらいたい。大事な娘たちなんでね。

正直、ちょっと泣きそうになった。あったけー。つんく♂さんの言葉、あったけー! そして、合コン発言をしたのは楽天の社長。ザ・スポンサー。権力に尻尾を振らないつんく♂のスタンスは、まさにロックと言えよう。

●ウンコを「どんどん出す」のは恥ずかしいが、「どんどん溜め込む」のは恥ずかしくないのか。 (1月18日 ステッグマイヤー名倉

女性社員たちの雑談に聞き耳を立てていてふと思うのは、「下痢のことを話すことには羞恥心があるようだけど、便秘についてはそうでもない」ということ。

 ウンコを「どんどん出す」のは恥ずかしいが、「どんどん溜め込む」のは恥ずかしくないのか。便秘なんて言ってみりゃ、「私のおなかの中は大便でぎっしりですよ」と公言しているのと同じことだろう。どちらかっつうと、下痢してるほうが体内はキレイだと思うのだけれども。

まさにコロンブスの卵的、目からウロコ発想。コペルニクス的大転換である。プチ日記の魅力は、こうした発想のズレが絶妙のタイミングで提示されるところである。

●霊が見える (1月15日 ダルビッシュ

「昔は怖かったけど、今は慣れてしまった」と言うダルビッシュによると、これまで何度も“いるはずのない人”が見えたという。「東北高校ではよくあったんで」と、最近まで“霊”と遭遇し続けてきたことを告白し、先輩ナインに鳥肌を立たせた。

引退後の方向性が見えてきましたね。稲川ジューンや桜金造につぐ恐怖語り部、もしくはイタコ野球解説者とかどうでしょうか。「○○選手は右肩に水子が乗っているので、引張り気味の打球になりますね」

●つんくがおるなぁ (99年2月 まこと

同じアパートに住んでた頃のお話。まこっちゃんが1階の角部屋でつんくさんが2階でまこっちゃんの上。まこっちゃん、なんか安心感があったそうです。つんくさんの部屋で音がすると「つんくがおるなぁ」と……。

つんくさんがラジオ番組で大阪に行ってしまう時、まこっちゃんに合い鍵を渡していくそうなんですが、自由に出入りできるみたいな事言ってました。

過去の発言ですが。99年に行なわれた、シャ乱Qの10周年記念ライブでのMC。まことの回顧話なんだけど、本当にこいつは死ぬまで舎弟なんだろうなぁ。生まれついての子分肌。

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●オススメの本を教えてください (1月18日 宮本勇次郎

よーし、2005年は情報、物語、情動、知識などのインプット量を増やすぞー。ということで、これから読もうと思っている本をピックアップしてみた。

05年を読書年間に定め、99冊の本を読むことに決めました。皆さん、僕にオススメの本を教えたり貸したりあげたりしてください。

●いくつもの日記系サイトが閉鎖していった。僕はまだサイトを続けている。 (1月18日 綾川

僕は「日記系文化」あるいは「テキスト系文化」の文脈に従えば、「2000年組」だったようだ。あるいは、誰が言ったのか忘れたけど、「第4世代」、だったそうだ。狭間の世代。90年代後半から始まった日記系と、2003年あたりから勃興したブログとの、その狭間の、日記系第4世代だ。だけど、日記系サイト/テキストサイトをはじめる連中はたぶんみんな、面白いと思われたくて、誰かにすごいと思われたくて、きっと必死だった。

ぐっと来てしまった。最近読んだ中で、一番正直で誠実でほろ苦い日記だった。日記系は正直なEROS。ときには回顧もいいものだ。オーケンも回顧するって言ってたよ。ところで、“第4世代”は誰が言ったか知らないけど、“2000年組”は僕が関さんに言った言葉だったような気もする。道理で染みるわけだ。

 僕もまたドリフトウッドなのだと思います、関さん……!

●7年経って、同じ横浜アリーナで歌えるなんて (1月31日 飯田圭織

今年1月28日にモーニング娘。は7周年を迎えました。そして今日、1月30日に、私、飯田圭織はモーニング娘。を無事卒業できそうです。7年間を振り返って、本当にいろんな思い出を残し、たくさんの人に支えられ愛されて、こんな素敵なモーニング娘。になりました。1998年、デビュー曲“モーニングコーヒー”を、この横浜アリーナで歌いました。7年たって、今日同じ横浜アリーナで、皆さんと会って、歌えるなんて、当時は思ってもいませんでした。かけがえのない仲間です。皆さんのおかげだと思っています。心から感謝しています。そして、今日という日を、私の中で最高の1日となりました。本当にどうもありがとう

15歳からの7年間って、本当に青春の全てですよね。飯田さんが最後の曲として選んだのは、1stアルバムから『夢の中』。モーニング娘はまさに夢の中だったということか。曲が始まると、客席のサイリウムが黄色から白に。飯田は「タンポポが旅立って綿帽子になるっていう意味だと思いました」 感無量。おつかれさまでした。—–


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