隠しサイトのすすめ

2001年10月22日 月曜日

 どうも最近は隠しサイトブームのようです。新しく出来たサイトなのに、妙にこなれていて面白かったり、リンクの並びがやけに整然としていたりしたら、それはダウト。どこかのサイトの管理者が新しく始めた隠しサイトの可能性があります。
 サイト運営とは、続けて行くうちに段々と姿勢が硬直化していってしまうものです。それはさながら魚を捌きつづけた文化包丁の刃が鈍るような、油の切れた動力機関が軋み始めるような、サイト劣化です。書くことが無くなってきたり、「方向性」や「アクセス数」といった実体の無いものに縛られたりする事によって発生します。
 「自意識」や「しがらみ」と言ったものが肥大化して身動きがとれなくなるサイト疲労の場合もあります。Windowsのレジストリが肥大化して動作が重くなるようなものです。
 本当はこんなものには実体どころか、何の意味も無い。それなのに、多かれ少なかれ、人はそれを意識せずにはいられない。

 それを払拭するための措置としてあげられるのが、「休止」と「隠しサイト」です
 休止は一番カンタンに出来て良いのですが、それがあまりにもラクなので何もする気がなくなり、閉鎖へと移行してしまう可能性が高い、という欠点があります。
 8日の日記でも書いたように、二つサイトを持つことによる相乗効果で内容が向上するかもしれませんし、特に長く続けて来て最近煮詰まってる人にはお奨めします。隠しサイト療法
 隠しサイトを作ると、人はまず、それがあまりに気軽に更新できる事に驚きます。そこにはアクセス数も無ければ、期待も無いからです。
 そして次に、サイトを開設した時のモチベーション、初心を思い出すことが出来ます。没ネタも無い、推敲も無し、方向性も何も無し、ただ攻めるのみです。 そう、サイト運営が長くなると、人は何かを守ろうとしてしまう。それはアクセス数であったりスタイルであったり、人によってそれぞれですが、そんな「守 り」の姿勢に入ったサイトの文章が人の心に届くはずが無い。防御の体勢から攻撃は出来ないのです。
 
 さてしかし、別にインターネットの話に限らず、何事においても攻めの姿勢は大事だと思います。よく、ボクシングの試合で妻子持ちのボクサーが、「俺には 守るものがある。だから負けない!」と言ったりしますが、実際は逆で、大抵は何も持たない若い挑戦者に負けます。守るものを持ったら、人間は弱い。
 しかしまぁ、人間とはえてしてそういうものなのかもしれません。

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うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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コメント / トラックバック 2 件

  1. tabineko Says:

    Browsing: "九十九式: 隠しサイトのすすめ" http://tinyurl.com/5oytsw

  2. 長谷郁弥 Says:

    おう。

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