エアギター日記 ファイナル(後編)

2006年12月27日 水曜日

試合開始

 この大会のルールでは、審査員ではなく、観客の投票によって採点がなされる。つまり素人のお客さんにウケるような、盛り上がるエアーが求められるのだ。フィギュアスケートのような技術採点からは遠ざかってしまうが、宴会芸として発展したエアギターの歴史を考えると、これはこれで正しい姿なのかもしれない。しかし、これは悩ましいところだった。日本人の審査員と、フィンランド大会での外人審査員と、日本人の客席とでは、ウケるポイントも見せるべきパフォーマンスも変わってくる。しかも、この日はくじ運があまり良くなく、2番目の出番になってしまった。最初の方は、当然オーディエンスの数が少ない。

 最初の出番は、「ダイアモンドパワー」と名乗る、絵に描いたようなA系だった。どこかのアイドルの曲でなぜかエアギターっぽい動きを超ハイテンションで行ない、なぜか「仮面ライダーの変身ポーズをやります!」と言って壇上で変身したりして、客席をさざ波のように引かせて帰ってきた。…俺は限界だと思った。

 客席の温度としてはかなり厳しいものがあるが、ポジティブに考えれば、落差によって僕のパフォーマンスを客席に印象付けられるかもしれない。アイスを食べた後のお茶は本当に熱い。小学校のプールから上がった後のバスタオルのように、客席の氷を僕のプレーで溶かすのだ。ジミヘンみたいにギターを燃やすようなまねはしない。今日の俺は、既に炎に包まれている。

 この日は、名前との整合性と、世界大会でのウケを見据えて、上下を本物の忍び装束で決めていった。舞台袖から側転で中央に飛び出すと、客席から歓声が上がった。
「ニンジャー!」「ザックー!」
 まさか、半閉鎖サイトでのあんな直前になってからの告知で来てくれた九十九式ッズがいたのか? そう思うと嬉しくなった。後に、これは僕の思い過ごしで、この女性たちはたまたま会場に来ていたザック・ワイルドファンであることが判明するのだが、これによって多少緊張がほぐれた。

 背中のニンジャソード(プラスチックにアルミ箔を塗ったもの)を逆手に抜き、柄の部分をマイクに見立てた。
「All right…This is a song caled miracleman!」
これぞ今回の隠しトリック、「エアMC」だった。すかさずニンジャソードを放り捨て、イントロのリフを叩きつける。

「ジャガジャガジャー、ジャジャジャ ジャガジャガジャジャージャー!」…フッフッハッハッハッハッハー!
 イントロは心持ち丁寧に引き、ピッキングハーモニクスの部分では顔と体でキメることを意識した。Aメロではザックになりきった気分で仁王立ちで客席を右から左へと睥睨し、Bメロのチョーキングは足と腰を使って弾く。いい流れだ。

 サビはギターのリフとドラムのキメが違うので頭の振り方に気を使いながらエアコーラスで客席を煽った。いつも通りにこなせている。

 この後、ハードロック史上に残る名ギターソロパートがやってくるのだ。すかさず前に飛び出し、怒涛のエアペンタトニックスケールから、ダイナミクスの極端に大きなエアビブラート、そして一音ずつあがっていくエアピッキングハーモニクスがが恐竜の咆哮のように天に昇っていくとき……。ここだ!

 僕はギターの残響が残る中、「miracle man…」のSEボイスを合図に、エアギターを大きく背中で一回転させ、まっすぐ上空に放り投げた。これが難度Cの大技、エアギター・イン・ザ・エアーだ。しかしこれだけではまだ終わらない。着地点を一瞬ではかり、すかさず180度後ろを向き、思い切ってバク転をした。着地のリバウンドで短いジャンプをし、空中でエアギターをキャッチすると、着地がちょうどギターリフの入りと重なった。キマった。エアギター・イン・ザ・スカイ・バックフリップ。完璧だ。このギターソロが終わってリフが入り、すぐに2番が始まるのだが、今回はここですっぱり曲を切った。一瞬客席が静寂に包まれ、のちに歓声が上がった。

「今日の出来は何点ですか?」
 司会の二人に今回の手ごたえを聞かれた僕は、こう答えた。

「九十九点です!」

最新決戦

 3番目以降は、本職芸人たちが続々と登場してきた。パフォーマンスの構成、MCとの受け答えなど全てそつなく、さすがにステージ馴れしている人間は違うな、と思わされた。
 特に構成に関しては、この1年でシーンは大きく変化していた。2曲、3曲とつなぎ合わせるものもおり、曲もみんなフルコーラス、あるいは編集によってそれ以上の尺を取っており、パントマイム大道芸のようになっている演技もあった。

 そんな芸人や半芸人の中にあって、お互い素人であり、
 ・インターネット出身 (2ちゃん⇔テキストサイト)
 ・バンドくずれ (ギター⇔ドラム)
 ・正統派スタイル (技巧派⇔競技系)

 という、ある種の似通いつつ相反するバックボーンを持つきんたま選手がどのようなプレイをするのか、非常に興味があった。何せ僕は彼のプレイ自体を見るのは初めてである。ヘタなもん見せられたら勝ち誇ってやろう。

 曲はEXTREMEの『Cupid’s Dead』だった。グルーヴィーかつトリッキーなリフが特徴のこの曲、イントロが始まるとすぐに僕は目を奪われた。これは相当、やる。本人が実際にギターが弾けるということを差っぴいても、技巧派を自認するに相応しいプレイスタイルだった。ベースはヌーノ本人の弾きまねではあるが、そこにうまく過剰さや思いいれ、自己陶酔が乗っている。これは…ロックやな!

 果ては「エア・ラップ」まで飛び出した。これは正直言ってそれほど凄いトリックには思えないが、このために歌詞を暗記するという前準備が凄い。これは紛れもなくメタル的態度だ。スリーコードで弾けるパンクと違って、技巧的なプレイが求められるメタルには、事前の練習や、キメ部分の入念な打ち合わせ、ときには衣装や小道具の作成が求められる。僕は彼のエアプレイに、そうした正統派HR/HMのエアネスを見たのだった。僕は心の中で完全なる敗北を悟った。

 しかし、僕の胸に惨めさや悔しさは全くなかった。そこには、ただただ熱い空気だけがあった。僕は叫んだ。「我が心、すでに空(くう)なり!」

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 僕はステージをおりたきんたま選手のもとに足早に歩み寄った。彼は先ほどまでのステージ上での熱量を物語る汗をぬぐいもせず、笑顔で握手をしてくれた。
「宮本君、この間はごめんネ」
「そんな…僕の方こそすみません」
僕らは肩を抱き合い、健闘を称えあった。この握手は友情のシェークハンド。もはや形だけのエア握手ではなかった。

戦いを終えて

 結局今回は結果を出せず、僕は選外だった。上位はモノマネ芸人とイロモノが独占していた。確かに「インパクト」「笑い」で見れば、彼らの優勝に疑いの余地はない。普通の人は、エアトリルやエアビブラートの出来など気にしていないのだ。8分間も曲をつないでモノマネとパフォーマンスの限りを尽くす本職芸人に、「ギターを弾くふりがうまい」だけの素人がどうやって立ち向かうか。最初期の成功体験のみを手に、シーンの最新動向を知らずに、旧態依然としたテクニックで立ち向かった僕は、まるで三十八式歩兵銃だけでソ連の戦車に立ち向かった帝国陸軍のようだった。

 しかし、終演後に「一番良かったよ!」「普段は江戸村で働いてるんですか」と声をかけてくれるオーディエンスもいたし、総決算として出せるものは出し尽くしたので悔いはなかった。もし最新事情を知っていたからといって、僕が面白さを追求したコント的なプレイをする気になったとは思えない。

 こんなことを言ってもあまり理解されないかもしれないが、僕は自分のエアギターを滅茶苦茶カッコ良いと思ってやっている。それもカッコ悪さのカッコ良さではなく、純粋なカッコ良さを追求してプレイしているのだ。その結果として、それが傍目に滑稽なものに映って笑いにつながるのは別に構わない。単純に考えて、いい大人が何も持たずにダバダバ動いてカッコつけてる図っておかしいもんね。しかし、最初からヘンな動きやとりあえず脱いで笑いをとろうとする態度はどうなんだ、と思う。エアギター関係ないじゃん。お前ら本当にロックが好きなのか?

きんたま選手も、自身のブログで以前こんな風に語っていた。

本当にこんなもんがこの程度で浸透していって面白いブームになるのでしょうか。ただ単に「ロックの人ってバカだよね」的な誇張表現でキレた感じでギターを弾く真似が流行って、「あーエアギター!ギャハハハハ」みたいに笑われて、5年後くらいに振り返ったら頭が痛くなるモノで終わりそうな気がします。

ロックの人は確かにバカですが、ロックが好きなバカなのです。「バカ」の意味を取り違えて、「バカになってロックする」のではなく「ロックをバカにする」姿勢でエアギターやる連中が増えたって何の意味もない気がします。金になるんだったら何でもいいのは知ってますが。
きんたま空間

 実際、一昨年と昨年は、サイトを見た複数のテレビ局や番組製作会社の方から、出演のオファーがあった。しかしそのどれもが、最初から人を笑いものとして扱うことを前提としている企画だったため、お断りさせていただいた。僕はエアギターでバカだと思われてもいいが、バカにされるためにエアギターをやっていた訳ではない。

 だいたい、そんなことで日本のエアギターが世界に通用するものか、と僕は深刻な問題意識を持っていた。
…が、表彰式の壇上で僕は驚くべき事実に気付く。

 この大会は、フィンランドの世界選手権とは何の関係もなかった!

 世界大会出場のための日本予選は別のところで行なわれていて、これはそちらとは全く何の関係もない、サブカルイベント企画だったのだ…! 愕然としているうちに、今年は日本人が世界選手権で初優勝を遂げてしまった。じゃあもういいや…。

 これからは、現役を引退して解説者かトレーナーの道を歩もうと思います。


この記事の評価は:

うーん…いまいち…ふつうですかなり良い素晴らしい (まだ評価されていません)
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コメント / トラックバック 3 件

  1. 匿名 Says:

    清々しい。

  2. 宮本 Says:

    センキュー!

  3. あちゃん Says:

    「ダイ○ジが世界選手権優勝」とのニュースに“ポッと出の新人さんが優勝かよ?”と違和感を覚えていましたが、こんな展開があったんですね……全ての謎が解けました。

    しかし、ロフト○ラスワン、罪作りな……

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