今日、とある50代の男性が「小泉が靖国神社へ行くのを辞めて、あのヘンな教科書の承認を取り下げればいいんだろうが。おかげで輸出関連は大赤字だ」などとしたり顔で言っているのを前にし、思わず「あなたはどこの国の人間か」と言い争いになった。目先の利益を追い求めて、自国の歴史や正当性、ものごとの道理をないがしろにすれば、必ず後々まで禍根を残すことになる。つい10年ほど前にも、宮沢・河野などの売国奴が“コトナカレ土下座”で示したとおりだ。
1982年に、「教科書の「侵略」が「進出」に書き改められた」とメディアが一斉に報道した事件があった。これは有名な誤報事件で、実際にはそんな事実がないことはすぐに分かった。しかしときの官房長官が宮沢喜一は、首相の訪支が控えていたために「教科書検定の際は近隣諸国に配慮する」との“宮沢談話”を発表した。ことを荒立てないための先回り土下座。これが忌まわしき近隣諸国条項のきっかけである。
その後、吉田清治という詐話師によって“慰安婦”問題が焚きつけられた。92年、今度は自らが首相として韓国を訪問した宮沢は、空港で激しい反日デモに迎えられ、盧泰愚大統領から従軍慰安婦についての「歴史認識」を迫られ、加藤紘一官房長官が「慰安所の設置などで政府の関与があった」と公式に認めてしまった。しかしここで言う軍の関与とは、慰安所業者に対して「施設の衛生を万全にせよ」と指導する文書でしかなかった。
それなのに、河野官房長官はさらに「慰安婦を強制連行したことを認める」と謝罪してしまった。しかし、当時から今に至るまで、強制連行を説明する文書、証拠はひとつも見つかっていない。
彼らに共通する姿勢は、「とりあえず無条件に謝ってこの場を納めよう」という、無責任な事なかれ主義である。その結果は、日本はセックススレイブを制度として持った恥ずべき国として世界に誤解され、中韓には便利な対日歴史カードを与えただけだった。
こうした無責任な態度は、その場を形だけ納めて未来にツケを残すだけである。しかもそのツケは、利息でどんどん膨らんでいく。
現在の日本外交は、領土問題でも教科書問題でも、今のところ不用意な発言をせず、冷静に対処しているようである。
冒頭の50代男性の発言に戻ってみよう。「小泉が靖国神社へ行くのを辞めて、教科書の承認を取り下げればいい」本当にそうだろうか。中国経済は遅かれ早かれ独裁政権と共にコケるだろうし、さらには、小泉首相が靖国神社を撤去し、扶桑社の教科書を焚書にしたとしても、中国の基本姿勢はおそらく変わらない。それらはあくまで言いがかりの端緒に過ぎないからだ。
では、反日運動の原因は何だろうか。長くなったので続きは明日。か、考えてないわけじゃないぞ! 本当だぞ!