今日は何を書くかなあ。
こうしてPCの前に座って、毎晩ひとしきり考えます。1日17時間も起きてれば、人間色々なことを考えるものです。だから、書くことがない1日なんてのはありえません。
というか、日記サイトならばその日にあったことを衒いなく書いてみてもいいのではないか? たまにそう思わなくもないんですが、なぜか僕のサイトはいつも日常からどんどん乖離してしまって、自分の生活に関することがほとんど書けなくなってしまうんです。昨日みたいな殴り書きはdiaryではあっても日記ではありません。
ひょっとするとこれがブログ症候群という病気なのかもしれません。生活を記す場としての日記サイトだったはずが、情報収集と発表の場へと転換する。主観の客体化。これが僕らが求めていた未来のインターネットだったんでしょうか。
これは昔から僕の宿痾で、最近ではmixi日記にすら本当のこと、日常のことを書けなくなってきています。しまいには、ローカルで書いている本当の日記すら脚色が目立つようになり、最終的には日常生活自体が捏造されるようになります。(そうすると裏の裏を書いて日記が日常に…?)
つまり、おもしろ情報にしろ、日常日記にしろ、コンテンツという点では同一なんです。(日記のコンテンツ化) でも、それがみんなが興味を持つものか、限定的な人気しか集めないものかという違いがあります。
潜在読者 人気度
おもしろ情報 多い 浅い
ぼくらの日記 少ない 深い つまり面白くない人が書いても、おもしろ情報は広く受けるのです。でも、その人ならではの部分がないと、同じような情報アンテナを持っている人や、もっといい情報を持ってるサイトに負けてしまいます。
逆に言えば、面白い人(好きな人)が書くなら、情報よりもその人個人が見える日記のほうが面白くなる可能性があります。しかしその分、興味を持ってくれる人の絶対数は減るかもしれません。
多分、面白い人がおもしろ情報を書けば最強ブログなんだと思いますが、凡人にはなかなか難しいので、通常はどちらかに重点を置くことになります。オチはありません。