『最強伝説 黒沢』について
『最強伝説黒沢』がとうとう完結した。その結末については賛否両論あるようだが、ひとまず物語の最初から最後までを振り返ってみたい。
初期…現場編
建築会社で働く主人公の40代独身男・黒沢が、「山の現場」で監督として働く。仕事もあまりできず、人望もなく、自信もない。一生懸命自分を変えようとするもののいつも空回りしてしまう黒沢の姿は、滑稽に感じるにせよ哀れに感じるにせよ共感するにせよ、まんがの主人公としてはあまりに「リアル」だった。人間の感情、修羅場の心理状態機微を描き続けてきた福本伸行ならではの人間劇場が展開されていたが、連載当初のインタビューによると、このダメさ加減はあくまで長い助走であったことが分かる。
中期…格闘編
ひょんなことから不良中学生と対決した黒沢は、フィジカルな闘争によって得るものや失うものの存在に気付く。仲根との対決シーンなどは、『ホーリーランド』などの実戦系格闘まんがと比べても遜色ないスリリングな描写となっていて、そうした視点からも楽しめた。(絵柄はアレだけど…)黒沢の考え出す策略、秘密道具などの独創性は、他のギャンブルまんがに通じるような意外性もある。
後期…闘争編
黒沢の戦いは、まんがの常として次第にエスカレートしていく。しかし全体を振り返ってみると、これは決してインフレバトル的ないきあたりばったりなものではなく、物語として必然的に展開していったものであることが分かるだろう。中期で黒沢が不良中学生と「決闘」して得たものは、「ただ生きてるだけで勝ち」の動物とは違う、人間として最低限の自己の誇りだった。戦うことによってそのことを知った黒沢は、今度は何かを守ること、自分以外の存在のために戦うことを知る。
現実問題として見れば、ホームレスの公園を守って暴走族と対決しても、何もメリットはないはずだ。しかし、守るべき価値と、人間としての尊厳を勝ち取るために戦う黒沢の姿は、司馬遼太郎『坂の上の雲』で描かれている旅順攻略戦で死んでいく兵士たちの姿にも似て崇高である。
<以下ネタバレ注意>
最後の戦いで、黒沢は深刻な肉体的ダメージを負い、ラストシーンで息を引き取る(ように描かれている)。この結末に賛否両論があるのは分かる。こんな終わり方をしてしまったら、1~5巻あたりを気楽に楽しめなくなってしまう。白本屋で「三天セット」を頼む黒沢を見て、素直に笑うことができなくなってしまうではないか。
しかしそれでも、僕はこの終わり方しかなかっただろうと思う。批判派はおそらく、「何の伏線もなく急に主人公を死なせて終わり、ではあんまりだ」と言うのだろう。しかし、伏線ならあった。
1巻から振り返ってみると、黒沢はギャグまんがの装いをとっていながら、その実、全編が死の暗示で彩られ続けていたことに気付く。現場での事故死、交通整理での死、風邪で凍死、金属バットで脳挫傷…。黒沢は今まで一体何度死にかけたことか、数え上げればキリがない。光あるところに闇が生まれる。死の暗い存在を意識するからこそ、光り輝く生を送ることができる。この『葉隠れ』にあるような武士道的な日本人の死生観を体現してみせた作品ととることもできる。
次に、黒沢の人間的成長について少し考えてみたい。
「マズローの欲求段階説」というものがある。これは、人間の欲求を5段階のピラミッドで説明し、底辺の1段階目から始まる欲求は、常に1段階上の欲求を志すという学説だ。
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- 生理的欲求…食事や睡眠など本能的な欲求
- 安全の欲求…人間が生きる上での衣食住等の基本的な欲求
- 親和の欲求…他人と関りたい,他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求
- 自我の欲求…自分が集団から価値ある存在と認められ,尊敬されることを求める認知欲求
- 自己実現…自分の能力、可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求
これに照らしてみると、初期~中期は「親和」「自我」の欲求、後期では「自己実現」の欲求がテーマになっていると見ることができるだろう。後期の黒沢は、2、3段階の欲求が満たされていないホームレスたちよりもより高次な欲求まで満たされているため、彼らの満たされない部分や、それが満たされることによって彼らがどう変わることができるかが分かっていたのだ。
現代社会にいきる我々は、1、2段階の欲求は比較的容易に満たすことができる。3、4段階までもある程度の努力によって満たすことはできるだろう。しかし、5段階目の自己実現まで到達できる人は、それほど多いとはいえないのではないだろうか。黒沢は最終巻によって、見事にそれを達成し、己が生を全うすることが出来たのだ。
『地獄甲子園』ではないが、最終話の黒沢の死に様で、福本伸行は我々に問いかけているのだと思う。
あなたはこんな顔で死ねますか…?
2006年12月31日 at 19:43
bye bye…
2006年12月31日 at 22:08
最終回じゃないぞよ。
もう1エントリだけ続くんじゃい。