令和元年の日本を大地震が襲う!?『聖徳太子の大予言』はあの五島勉の創作だった

2019年5月2日 木曜日

久しぶりにサイトの管理画面を開いて、とりあえずアクセス解析なんぞ眺めてみたら、4月30日に突出したアクセスがあった。それもなぜか聖徳太子、知ってる?知らない?の記事に対して。懐かしいなあと思っていろいろ調べてみると、どうやらネットのオカルト系まとめサイトとか、YouTubeのクソみたいな字幕動画とかで、こんな流言飛語が流行っていたらしい。

聖徳太子の予言「私の死後200年以内に、山城国に都が築かれ、1000年に渡って栄える(=平安京)。しかし『黒龍』(=黒船)が訪れ、都は東に移される(=東京)。しかしその東の都は200年後、『クハンダ』が来て、親と7人の子どものように分かれるだろう」

この『クハンダ』とやらが南海トラフ巨大地震で、日本列島が8つに分裂する、とかなんとか。くっだらねー。

まあ普通の人はこうやって「くっだらねー」で終わらすか、Twitterで「もしかして…」なんてつぶやく程度で終わらせて、凡百のネットメディアの人はこれも適当にネタにして流す程度の話なんだけど、J-CASTニュースの竹内翔というライターが、学生バイトの手間で駆使して徹底調査して、あの五島勉の与太本がネタ元であることを突き止め、「おそらく五島氏の創作だったのではないだろうか」という研究者の見解にたどり着いている。いやすごいわJ-CASTニュース。ちゃんと取材・調査するネットメディアの存在は貴重だよね。

元ネタは『ノストラダムスの大予言』著者

しかし、J-CASTニュースが調べたところ、そもそもこの「東の都にクハンダが来る」という予言自体、歴史的な文献では確認できなかった。

一方、五島勉氏が1991年に刊行した『聖徳太子「未来記」の秘予言』(青春出版社)ではほぼ同内容の「予言」が掲載されている。細かい解説なども一致するため、ネット上で拡散する「予言」はこれが原典と見られる。

(中略)

「おそらく五島氏の創作だったのではないだろうか」

白石重氏は、この本で何度か触れられている。新聞記者出身で、在野の古代史研究家だったようだ。国会図書館に収められた著書『聖徳太子』を確認したが、

「二百歳の後、一人の聖皇があって、ここに遷って都を造るだろう。皇道は興隆し、子孫相続いて旧来の軌範を墜さない。この時こそ都定まって、一般庶民も再び遷都の憂いがなくなるだろう」

とあるだけだ(この記述は「先代旧事本紀大成経」に基づくという。なお「大成経」は一般には、江戸時代の偽書とされる)。

とすると後は、「熊野地方の神道系の太子研究者」なる人物しかいないが、この部分で唐突に登場するのみで、残念ながら「正体不明」と言わざるを得ない。

――と、ここまで調べて、オカルト検証で知られる本城達也さんのウェブサイト「超常現象の謎解き」が、すでにこの件を調査していたことを知った。本城さんはすでに、この「予言」が五島氏の著書以前に遡れないことを確認し、こう断じている。

「つまり一見すごいように見えるクハンダの予言は、その大部分が存在自体、大変怪しいものだったのである。おそらく五島氏の創作だったのではないだろうか。氏がかつて執筆された『ノストラダムスの大予言』と同じようなものである」

「4月30日に地震が…」ネットで出回る怪情報 根拠は「聖徳太子の予言」、その正体は? : J-CASTニュース

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というわけで、先月、TV番組の取材に応じて「ノストラダムスの大予言は創作でした」と懺悔した五島勉(ノストラダムスの大予言著者が謝罪「子供も読むとは思っていなかった」 – 芸能社会 – SANSPO.COM(サンスポ))が、時間差でまたお騒がせガセを投下していったよ、という話でした。

以下、余談

できればJ-CASTもこの件で五島勉の取材までたどり着いてほしかったけど、連休中だし難しいか。

それにしてもノストラダムスの大予言。今にして振り返ると何だったんだろうね、あの騒動というかブームと言うか。まあ過ぎ去ってみればくだらない与太話だったな、てことになるんだけど、世代的にあのあたりで少年期、思春期を迎えた人々は、多少なりとも価値観や人生観に影響を受けているんじゃないかと思う。しらけ世代とか。それで後の人生設計に悪影響をきたしたりした総量を集めると、結構な経済損失になっているのではなかろうか。すると日本の「失われた10年」の何割かは結構こいつのせいだったりするのではないか?

 


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